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ツィンギ・デ・ベマラハとは?「石の森」ができた理由と地質

ツィンギ・デ・ベマラハ 石の森と地質 奇妙な地形・地質

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ツィンギ・デ・ベマラハ――海で生まれた石灰岩が「刃物の森」になるまで

マダガスカル(Madagascar)西部に、岩そのものが迷路になったような場所がある。ツィンギ・デ・ベマラハ(Tsingy de Bemaraha)だ。地表には石灰岩の尖塔が密集し、その間を深い亀裂や峡谷が走る。遠目には灰色の森に見えるが、一本一本の「幹」は木ではなく、雨水と地下水に溶かされて残った岩である。

この風景で最も不思議なのは、岩が尖っていることだけではない。

なぜ、もともと海の中でできた石灰岩が、これほど複雑で鋭い“石の森”に変わったのか。

その答えを追うと、ツィンギ・デ・ベマラハは単なる奇岩地帯ではなく、「古代の海」「地下洞窟」「地表の崩壊」が重なってできた巨大なカルスト(karst)であることが見えてくる。

ツィンギ・デ・ベマラハに広がる鋭い石灰岩尖塔群と乾燥林
鋭い石灰岩の尖塔が密集するグラン・ツィンギ。溶食によって刻まれた岩の間に森林が入り込んでいる。
写真:Grand Tsingy 08.JPG/作者:Heinonlein/ライセンス:CC BY-SA 4.0

はじまりは中期ジュラ紀の海だった

現在のツィンギ・デ・ベマラハをつくっている主な石灰岩は、ベマラハ層(Bemaraha Formation)と呼ばれる地層に属する。

この石灰岩が形成されたのは、中期ジュラ紀のバジョシアン~前期バトニアン。恐竜が陸上を歩いていた時代である。

当時のこの地域では海進によって海が広がり、炭酸塩堆積物がたまっていった。地層からはサンゴ片などの海生生物の化石も見つかっており、ベマラハ層の多くは海洋環境で形成されたと考えられている。

つまり、いまマダガスカル西部で空に向かって突き出している岩の材料は、もともと中期ジュラ紀の海でつくられたものだ。

ここで重要なのは、石灰岩そのものの年齢と、現在の尖塔地形の年齢は同じではないという点である。

国際地質科学連合(International Union of Geological Sciences、IUGS)は、ツィンギの地質遺産としての年代を鮮新世から完新世に位置づけ、活動的な地形形成過程として評価している。岩石は中期ジュラ紀にできたが、その岩が現在の迷路状の景観へと変えられたのは、はるか後の時代なのである。

雨は石灰岩を「削る」のではなく「溶かす」

石灰岩の主成分は炭酸カルシウムである。

雨水は大気や土壌中の二酸化炭素を取り込み、弱い酸性を帯びる。その水が石灰岩の割れ目に入り込むと、岩石は少しずつ溶かされていく。

この作用が長期間続くと、小さな割れ目は溝となり、さらに深い亀裂へ発達する。地下にも洞窟や水路がつくられ、地表には尖った石灰岩の尾根や塔が残る。

ツィンギ・デ・ベマラハでは、この溶食が極端な地形を生み出している。

古典的な地質研究では、この地域の石灰岩は純度が高く、割れ目が発達していることが指摘されている。水が入り込む経路が多い石灰岩の厚い地層に長期間の溶食が作用し、複雑なカルストが発達した。

しかし、ここで話は終わらない。

巨大な裂け目は、もともと地下洞窟だった可能性がある

ツィンギ・デ・ベマラハを特徴づけるのは、石灰岩の尖塔だけではない。尖塔どうしの間には、人間の移動を容易に阻むほど深い裂け目が走っている。

一見すると、地表の亀裂に雨が入り続け、上から下へと割れ目を広げたように思える。

ところが、2008年に発表されたカルスト研究は、もっと複雑な形成過程を示した。

研究者たちは、ツィンギの巨大な裂け目の多くが、もともと地下水面の下で形成された洞窟に由来する可能性を指摘している。

まず地下に洞窟がつくられる。その後、溶食が下方へ進んだり、洞窟の天井が崩れたりすることで、地下空間が地表へ開いていく。そこへ地表からの溶食も加わり、現在の深い裂け目と尖塔群が発達したという考え方である。

この説明が正しいなら、私たちが現在「谷」や「裂け目」として見ている部分の一部は、かつて地下に隠れていた洞窟の屋根が失われた姿ということになる。

ツィンギ・デ・ベマラハの迷路は、地表だけでできたのではない。地下で進んだ溶食が地上へ現れた景観でもあるのだ。

ツィンギ・デ・ベマラハ内部に伸びる狭く深い石灰岩の裂け目
ツィンギ内部の深い裂け目。地表の尖塔だけでなく、岩体の内部にも狭い回廊状の空間が発達している。
写真:Bemaraha Tsingy, Madagascar.jpg/作者:Rod Waddington/ライセンス:CC BY-SA 2.0

高さ100メートル級の「石の森」

ユネスコ(UNESCO)は、ツィンギ・デ・ベマラハの石灰岩尖塔について、最大で約100メートルに達するものがあるとしている。

石灰岩層自体は約300~500メートルの厚さを持ち、そこに深い亀裂、洞窟、縦穴、峡谷が刻まれている。

南部にはマナンボロ川(Manambolo River)が流れ、石灰岩台地を深く切り込んで峡谷をつくった。国際地質科学連合は、この峡谷を約300メートルの深さとして説明している。

一方、マダガスカル国立公園局(Madagascar National Parks)が案内する一部の観光区間では、50~80メートル程度の崖が紹介されている。対象としている場所が異なるため、数字だけを並べて同じ地点の高さと考えない方がよい。

地表の尖塔、地下の空洞、川が刻んだ峡谷が同じ石灰岩台地の中に重なっている。それがツィンギ・デ・ベマラハの複雑さである。

岩の迷路が、生き物の「島」をつくる

ツィンギの地形は、人間にとって移動しにくいだけではない。動植物にとっても、環境を細かく分ける壁になる。

岩の上には乾燥した環境がある一方、洞窟や窪地には比較的湿潤な環境も存在する。乾燥落葉樹林、乾生植物の茂み、半落葉性の湿潤林、地下回廊、河川や湿地まで、同じ保護地域の中に性質の異なる生息環境が並んでいる。

現在の公開資料では、ベマラハにキツネザル類12種、鳥類100種、爬虫類67種、両生類18種、コウモリ18種、植物568種が記録されている。植物のうち404種、72%がマダガスカル固有種とされる。

地形の険しさは、生物の生息環境を細かく分ける一方で、人間の活動を入りにくくする壁にもなってきた。

1990年の国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature、IUCN)による評価では、当時の管理体制が弱かったにもかかわらず、アクセスの難しさ自体が南部の尖塔地域をある程度守る要因になっていたことが記されている。

「人を寄せつけない地形」が、そのまま自然保護の一部として働いていたのである。

同じ地層には恐竜の足跡も残っている

ツィンギ・デ・ベマラハをつくる地質を考えるとき、もう一つ興味深い事実がある。

ベマラハ地域の中期ジュラ紀の地層から、恐竜の足跡化石が報告されている。

2010年の研究は、これをマダガスカルで初めて報告された四足動物の足跡記録としている。サハラリー川の地点では四足歩行の恐竜、おそらく竜脚類が残したと考えられる足跡列が見つかり、ツィアンドロ地域では多数の獣脚類の足跡が確認された。その後の調査では、さらに多くの足跡地点が報告されている。

ただし、2010年論文には、調査の一部が国立公園の境界外で行われたことも明記されている。そのため、「ツィンギ・デ・ベマラハ国立公園の中に恐竜足跡がある」と全体を一括して説明するのは避けた方が正確だ。

それでも、現在の奇岩景観を構成するベマラハ層と同じ地質時代の地層に、恐竜が歩いた痕跡まで残されていることは、この地域の時間の長さを実感させる。

「世界遺産ツィンギ・デ・ベマラハ」は、現在はもっと大きな登録物件の一部

ツィンギ・デ・ベマラハは、1990年に「ツィンギ・デ・ベマラハ厳正自然保護区」として世界自然遺産に登録された。

しかし、現在のユネスコ上の登録名はアンドレファナ乾燥林(Andrefana Dry Forests)である。

2023年に世界遺産の区域が大幅に変更・拡張され、ツィンギ・デ・ベマラハを含む6つの保護地域からなる連続資産へ再構成されたためだ。

世界遺産全体の面積は73万4,298ヘクタールだが、これはツィンギ・デ・ベマラハ単独の面積ではない。

ツィンギ・デ・ベマラハの構成資産として現在ユネスコが示す面積は15万7,710ヘクタールである。

保護区制度の経緯は少し複雑だ。1997年には南部7万2,340ヘクタールが国立公園へ再区分され、マダガスカル国立公園局の沿革では北部8万5,370ヘクタールが厳正自然保護区として残ったと説明されている。

一方、現在のユネスコの世界遺産地図では15万7,710ヘクタール全体が「ツィンギ・デ・ベマラハ国立公園」として記載され、マダガスカルの保護地域基金の資料にも2011年のステータス変更が記録されている。

つまり、1997年当時の区分と、現在の国際的な登録資料上の名称をそのまま同一視することはできない。面積や名称を見るときには、資料がどの時点の制度を示しているのか確認する必要がある。

奇岩だけではない、人びとの記憶が残る場所

ツィンギ・デ・ベマラハには、地質学的・生態学的価値だけでなく、人びとの歴史や信仰に関わる場所も残る。

保護地域には、サカラヴァ(Sakalava)やヴァジンバ(Vazimba)に関係するとされる墓や聖地が存在し、マナンボロ峡谷の案内にもヴァジンバの墓が記されている。

ただし、ヴァジンバという呼称を単純に「古代の失われた民族」のように扱うのは適切ではない。マダガスカルの歴史や伝承の中で複数の意味を持つ概念であり、地域によって語られ方も異なる。

奇妙な地形を説明するために、現地文化を「謎の伝説」として消費してしまわないことも重要だ。

この場所は、科学的に研究される地形であると同時に、長く人びとの記憶と結びついてきた土地でもある。

いまも完成していない風景

ツィンギ・デ・ベマラハは、完成した石の彫刻ではない。

水による石灰岩の溶食や地下水の作用は現在も続いており、国際地質科学連合もこの場所を活動的な地質過程を示す地形として評価している。

その一方で、地形そのものとは別に、火災、農地拡大、違法伐採、狩猟、外来種など、人間活動による圧力も続いている。ユネスコも、アンドレファナ乾燥林全体に対する主要な圧力の一つとして火災を挙げている。

中期ジュラ紀の海で始まった岩石の歴史は、その後の地形変化と地下水の作用によって姿を変え、現在はその上に成立した生態系と人間社会の影響まで受けながら続いている。

海の底から、地下を通って、空へ

ツィンギ・デ・ベマラハの風景を「鋭い岩が並ぶ奇景」とだけ見ると、本当の面白さの半分しか見えてこない。

石灰岩は海でつくられた。

その岩に水が入り込み、地下に洞窟をつくった。

洞窟の一部は溶食や崩壊によって地表へ開いた。

そして、石灰岩は深い裂け目と無数の尖塔からなる迷路へ変わっていった。

現在、私たちが「石の森」と呼んでいるものは、古代の海でできた岩石と、地下洞窟の発達と、地表で続くカルスト化の歴史が一つの景観として現れたものなのである。

だからツィンギ・デ・ベマラハは奇妙なのではない。

長い地球の歴史が、一つの場所であまりにも複雑な形のまま見えているから、奇妙に見えるのだ。


参考資料・出典

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