
白い塩の大地から、黄色、橙色、緑色の水たまりと奇妙な鉱物の塔が立ち上がる。エチオピア北東部、ダナキル低地のダロル周辺に広がる光景は、火山地帯という言葉だけでは説明しにくい。地表には塩が積もり、その一部は海面より100メートル以上も低いところまで落ち込んでいる。
この景観を作った原因は一つではない。大陸が引き裂かれる運動、かつて入り込んだ海水、乾燥によって残された巨大な塩の層、そして今も続く火山と熱水の活動。それらが長い時間をかけて同じ場所に重なった結果として、ダナキル低地は現在の姿になった。
しかも、写真でよく目にするダロルは、この地域のほんの一部にすぎない。南へ目を向ければ、そこにはエルタ・アレをはじめとする火山帯が続いている。
色と塩に覆われた海面下の大地
ダナキル低地は、エチオピア北東部のアファール地方に広がる巨大な低地である。西には標高2000メートルを超えるエチオピア高原、東にはダナキル山地があり、その間に南北へ細長い盆地が横たわっている。
北部のダロル周辺では、地表の多くが塩に覆われている。平坦な白い塩原だけでも十分に異様だが、その中に熱水が噴き出す場所があり、黄色や橙色の沈殿物、緑がかった池、塩でできた奇妙な造形が密集している。
一方で、ここを理解するときには一つ注意が必要になる。「ダナキル低地」と「ダロル」は同じ場所を指す名前ではない。ダロルはダナキル低地北部にある火山・熱水活動域の一つであり、写真で有名な鮮やかな色彩は主にその周辺のものだ。
さらに南には別の火山帯が続く。つまりダナキル低地とは、黄色い熱水池だけでできた観光名所ではない。塩原、湖、熱水地形、火山が広い範囲に散らばる、はるかに大きな地質世界なのである。

Satellite image: Monja Šebela / Sentinel Hub / Contains modified Copernicus Sentinel data 2019 / Wikimedia Commons / CC BY 2.0
では、なぜ内陸にこれほど低い土地が生まれ、大量の塩まで残されたのだろうか。
大陸そのものが引き裂かれている
ダナキル低地の背景にあるのは、地表の風化や侵食だけではない。もっと深い場所で進んでいる、大陸規模の変形である。
アファール一帯は、紅海、アデン湾、東アフリカへ延びる複数のリフト系が集まる地域だ。リフトとは、地殻が両側へ引っ張られ、薄くなりながら割れていく場所をいう。アフリカ側とアラビア側のプレートが長い時間をかけて離れてきたことで、この地域では断層運動や火山活動が繰り返されてきた。
ただし、「約3000万年前に三方向へ一斉に大陸が割れ始めた」と考えるのは単純すぎる。近年の研究では、アファール内部でも地域によってリフト形成の時期や火山活動の進み方が異なり、中央アファールとダナキル低地は別々の発達史をたどったと考えられている。
2023年の総説では、ダナキル低地は中央アファールより若く、長い間マグマ活動が比較的少ない状態で地殻の伸張が進んだ地域として整理された。大陸分裂は一本の亀裂が単純に広がっていく現象ではなく、場所によって異なる速度と方法で進行しているのである。
地殻が伸ばされて地面が低下したことは、この場所にもう一つの大きな変化をもたらした。現在は乾いた塩の大地になっている場所へ、かつて海が入り込んだのである。
砂漠の下に残った「海」の痕跡
現在のダナキル低地を見れば、海とは正反対の場所に思える。ところが北部の地層には、過去に海水が侵入した痕跡が残されている。
更新世には紅海側から海水がダナキル低地へ何度も入り込み、少なくとも約23万年前と約12万年前には海進が起きていたことが、古いサンゴなどの年代から示されている。その後、地殻変動や火山活動に関係する地形変化によって紅海との通路が閉ざされると、海だった場所は外海から切り離された。
そこで決定的な役割を果たしたのが、この地域の強烈な乾燥だった。
閉じ込められた海水は蒸発し、水だけが失われていく。すると海水に溶けていた塩類が結晶となって残る。同じ過程が長期間にわたって繰り返され、地下には非常に厚い蒸発岩の層が形成された。調査によっては、蒸発岩全体の厚さが2キロメートル以上に達する可能性も示されている。

現在地表に見えている白い塩原は、その長い歴史の最上部にあたる。雨や一時的な洪水によって古い塩が溶け、再び乾燥して結晶化するため、塩原そのものも固定された景観ではない。
砂漠の真ん中に大量の塩がある理由は、単に「塩湖が干上がったから」だけではない。ダナキルの地下には、大陸が沈み、海が入り、その海が閉じ込められた歴史が積み重なっている。
だが、それだけなら白い塩の盆地が残るだけである。ダロルを特徴づける黄色や緑の景観には、さらに地下から別の力が加わっている。
ダロルの色はどこから来たのか
ダロルでは、厚い塩の層に断層、地下水、熱、ガスが作用し、非常に特殊な熱水系が形成されている。
地下へ入り込んだ水は地熱によって温められ、塩や鉱物を大量に溶かし込む。その熱水が地表へ上昇すると、温度や化学条件が変化し、溶けていた成分が再び沈殿する。熱水の通り道や成分は場所によって異なるため、地表には白、黄、赤褐色、緑などさまざまな色が現れる。
黄色が目立つため、ダロルを「硫黄で黄色くなった場所」とだけ説明されることもある。しかし実際の景観はそれほど単純ではない。塩化物や硫酸塩、鉄を含む鉱物など多様な物質が関わり、非常に酸性が強く、塩分濃度も高い熱水や塩水が混在している。
ダロルの地表そのものも静止していない。新しい噴出地点が現れる一方で、活動を終えた場所は乾燥し、塩の塔や段丘だけを残す。2011年には水蒸気爆発も報告されており、Smithsonian Global Volcanism Programはダロルを火山活動の記録を持つ地点として掲載している。
ここで初めて、冒頭の光景が一つにつながる。
大陸が引き裂かれて低地が生まれ、そこへ海が入り、閉じ込められた海水が巨大な塩の層を作った。その塩の地下へ火山活動に関係する熱が加わり、熱水が地表まで物質を運び上げる。
ダロルの異様な色彩は、一つの火山噴火が作ったものではない。何百万年にもわたる地殻変動と、海と塩、地下の熱が重なった結果なのである。

南では今も火山が動いている
ダナキル低地をダロルだけで理解できない理由は、南へ行けばさらに明確になる。
ダロルから離れた火山列には、エルタ・アレがある。標高約585メートルの玄武岩質の盾状火山で、火口内の溶岩湖によって広く知られてきた。

Photo: filippo_jean / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0
エルタ・アレの活動は歴史資料の中だけに残るものではない。Smithsonian Global Volcanism Programはエルタ・アレの最終確認噴火を2025年としており、同年11月にも火口の噴気や新たな陥没域が衛星で確認された。さらに2025年11月23日には、同じ火山列の南側にあるハイリ・グッビで大規模な爆発的噴火が確認された。
ここで見えてくるのは、ダナキル低地が「昔起きた巨大な地質事件の跡」ではないということだ。
地下のマグマ活動も、地殻の変形も終わってはいない。塩原や奇妙な熱水池の下では、現在も地球内部の活動が続いている。
そしてダロルの環境は、地質学だけでなく別の分野からも注目されることになった。その極端さが、生物が生きられる条件そのものを問い直すほどだったからだ。
水があっても生命が存在できない場所はあるのか
地球上の生命は驚くほど厳しい環境へ適応している。高温の温泉、極端に塩辛い湖、強い酸性環境でも、微生物が見つかる例は珍しくない。
そのためダロルも、極限環境に適応した生物を研究する場所として調査されてきた。
ところが結果は、「極限環境にも生命がいた」という単純な話にはならなかった。
2019年にNature Ecology & Evolutionで発表された研究では、ダロル周辺のさまざまな塩水環境が調べられた。周辺の一部では多様な古細菌が確認された一方、極端に酸性が強く塩分濃度も高い環境や、マグネシウム・カルシウムを大量に含み水分活性が著しく低い塩水では、生命が活動している証拠を確認できない場所があった。
つまり「水が液体として存在していること」と「生命が生存できること」は同じではない。
同時に、「ダロルには生命がまったく存在しない」と言い切ることも正しくない。環境条件が少し違えば微生物は存在しており、生命が生きられる領域と生きられない領域が極めて近い範囲に並んでいる。
このためダロルは、地球上の極限環境だけでなく、火星などで生命の痕跡を探す際に何を「生命の証拠」と判断するべきかを考える場所にもなった。
しかし、人間にとってダナキルが意味を持ち始めたのは、近代科学がこの土地を調査するはるか以前のことである。
人間が運び続けた塩
地質学的には海の名残である塩も、人間にとっては貴重な資源だった。
アファール地方では、塩を板状に切り出し、ラクダなどに積んで高地へ運ぶ交易が長く続いてきた。2025年に発表された考古学・民族考古学研究では、ダナキル周辺の塩湖が約2000年にわたりエチオピアやエリトリアの人々へ塩を供給してきた歴史が整理されている。
白い地面は、ただ眺められる奇景ではなかった。人々はそこから塩を切り出し、乾燥地帯を越えて運び、交易品として利用してきた。

Photo: Val Rime / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
20世紀には地下にあるカリウム塩などを対象に、より大規模な鉱業開発も試みられた。ダロル周辺にはその時代の採掘施設や建物の痕跡も残っている。
大陸分裂、古い海、火山、生命限界研究と続いてきた話の中に、ここで人間の歴史が入る。極端すぎるように見える土地も、人間にとって完全な空白地帯だったわけではない。
ただし、現在のダナキルを「秘境観光の目的地」としてだけ見ることには注意が必要である。
完成した景観ではない
ダナキル低地へ実際に足を運ぶことを考える場合、地質とは別に現在の治安と安全状況を確認しなければならない。
2026年9月時点で、日本の外務省海外安全ホームページは、ダロルなどが位置するアファール州キルバティ地区を危険レベル3「渡航中止勧告」としている。アファール州のそれ以外の多くの地域についてもレベル2「不要不急の渡航中止」が示されている。英国FCDOもダナキル砂漠について、極端な暑さ、困難な地形、限られた医療環境に加え、過去に観光客を狙った武装襲撃が起きていることを注意点として挙げている。
さらに2025年11月には、キルバティ地区のハイリ・グッビ火山噴火を受け、在エチオピア日本国大使館も同地域と周辺への渡航を止めるよう注意喚起を出した。火山活動そのものも、この土地では現在進行形の問題である。
写真だけを見れば、ダナキル低地の魅力は色にあるように思える。
しかし、その色の理由をたどっていくと、視線は地表から地下へ、そして何百万年という時間の奥へ向かっていく。
大陸が引き裂かれて土地が低くなり、そこへ海が入り込んだ。海が閉ざされると水は蒸発し、巨大な塩の層を残した。その塩の下から現在も熱が上がり、場所によっては火山が噴火し続けている。
だからダナキル低地が異様なのは、珍しい色をした景観だからだけではない。
目の前に見えている地形そのものが、完成した地球の姿ではなく、地球が形を変えている途中の一場面だからである。
参考資料・出典
- Rime et al., Tectonostratigraphic evolution and significance of the Afar Depression, Earth-Science Reviews, 2023
- López-García et al., Origin and Evolution of the Halo-Volcanic Complex of Dallol: Proto-Volcanism in Northern Afar (Ethiopia)
- Belilla et al., Hyperdiverse archaea near life limits at the polyextreme geothermal Dallol area, Nature Ecology & Evolution, 2019
- Smithsonian Institution, Global Volcanism Program – Dallol
- Smithsonian Institution, Global Volcanism Program – Erta Ale
- Smithsonian Institution / USGS – Hayli Gubbi, Weekly Volcanic Activity Report, 26 November–2 December 2025
- Woldekiros, Desert Wealth: Ethnoarchaeology of the Afar Salt Trade, 450 BCE–1600 CE, 2025
- 外務省 海外安全ホームページ – エチオピア
- 在エチオピア日本国大使館 – アファール州キルバティ地域におけるハイリ・グッビ火山の噴火
- UK Foreign, Commonwealth & Development Office – Ethiopia: Regional risks





