
1963年11月、アイスランド南岸沖の海上に異変が起きた。
それまで海しかなかった場所から黒い噴煙が立ち上り、海水を巻き込んだ爆発が繰り返される。やがて海面の上に黒い陸地が姿を現した。現在、スルツェイ島と呼ばれている火山島である。

Photo: Howell Williams / NOAA / Public Domain / Wikimedia Commons
島ができたというだけでも珍しい。だが、スルツェイの物語は誕生した瞬間では終わらなかった。
同じ噴火活動で周囲に現れた島の中には、わずか数か月で波に削られ、海へ消えていったものもある。それに対してスルツェイは60年以上たった現在も残っている。ただし、その姿は1960年代のままではない。
海岸は削られ、島は縮み、地下の岩石は変化し、生き物が入り込み、土壌まで生まれ始めた。
スルツェイは海から生まれた島であると同時に、島そのものがどう作られ、どう壊れ、そこへ生命がどのように広がっていくのかを、最初から観察され続けている場所でもある。
海しかなかった場所に島が現れた
スルツェイ島があるのは、アイスランド南岸沖のヴェストマン諸島。その最大の有人島ヘイマエイから南西へ約18キロ離れた海域だ。
海面で噴火が初めて確認されたのは1963年11月14日だった。ただし、噴火そのものはその数日前から、水深約130メートルの海底ですでに始まっていたと考えられている。
浅い海底から上昇した高温のマグマが海水と接触すると、水は急激に加熱される。そこで激しい爆発が起こり、細かく砕かれた火山灰や岩片が海上へ大量に噴き上げられた。
噴火が確認された翌日の11月15日には、すでに海面上に島が形成されていた。
その後も噴火は続き、1964年1月には新しい島の最高部が海抜約174メートルに達する。初期には海水とマグマが接触する爆発的な活動が目立ったが、1964年4月になると状況が変わり、火口から溶岩が流れ始めた。
こうした浅海でマグマと水が激しく反応するタイプの噴火は、のちにスルツェイの名を取って「スルツェイ式噴火」と呼ばれるようになった。
島が姿を現して終わったわけではない。噴火活動は場所を変えながら3年半以上続き、完全に停止したのは1967年6月だった。
その時点で、スルツェイ島の面積は約2.7平方キロメートルに達していた。
しかし、海から生まれた新しい陸地が、そのまま島として生き残るとは限らない。
スルツェイのすぐ近くでは、それを示す出来事が同時に起きていた。
同時に生まれた島は海へ消えていった
1965年5月、スルツェイの北東約600メートルで別の海底噴火が始まり、新しい島が海面へ姿を現した。
シルトリングルと名づけられたこの島は、最大で約0.15平方キロメートルまで成長した。しかし噴火が止まると、波はすぐに島を削り始める。
同年10月24日までに、シルトリングルは完全に海面下へ消えた。
その年の暮れには、今度はスルツェイの南西側で別の島が生まれた。ヨールニルである。
ヨールニルは高さ約70メートル、面積約0.3平方キロメートルまで成長したが、こちらも長くは残らなかった。1966年8月に噴火が終わると侵食が進み、10月末には海面上から姿を消した。

つまり、同じ地域では数年の間に複数の新しい陸地が生まれ、そのうちいくつかは人間が見ている前で海へ戻っていった。
新しい火山島は、できたからといって安定した陸地になるわけではない。固まっていない火山灰や噴石が積み重なっただけなら、北大西洋の波と風にさらされ、急速に削られてしまう。
それでもスルツェイは消えなかった。
違いを生んだのは、島の表面と内部で進んだ二つの変化だった。
スルツェイを海から守った二つの仕組み
最初の大きな違いは、スルツェイで大量の溶岩が流れたことだった。
1964年4月以降、火口から流れ出した溶岩は島の南側や東側へ広がり、場所によっては厚い溶岩層を作った。1966年にも再び溶岩流出が起こり、島の一部をさらに覆っている。

Photo: Richie Williams / U.S. Geological Survey / Public Domain / Wikimedia Commons
爆発で積み上がったばかりの火山灰や噴石は、波や風に対して弱い。だが、一度固まった溶岩は、それらよりはるかに侵食されにくい。溶岩は結果として、内部にある柔らかい火山砕屑物を波から守る役割を果たした。
もう一つの変化は、島の内部で起きていた。
噴火で積み上がった火山灰や火山礫には、玄武岩質の火山ガラスが多く含まれていた。それが地下の熱や水の影響を受けると、次第に変質し、粒子同士が固く結びついた岩へ変わっていく。
この変化は「パラゴナイト化」と呼ばれる。
簡単にいえば、もともと崩れやすかった火山灰の山が、時間とともにより硬い凝灰岩へ変わっていったのである。
実際、現在のスルツェイ西部では、侵食によって柔らかい部分が失われたあと、高さ100メートルを超える硬いパラゴナイト凝灰岩の崖が残っている。
溶岩が外側を守り、火山灰そのものも内部から固まっていく。
この二つが、スルツェイがシルトリングルやヨールニルと同じ運命をたどらなかった大きな理由だった。
とはいえ、島が守られたからといって、侵食が止まったわけではない。
むしろ現在のスルツェイを見るには、「残った」という言葉と同時に、「失われ続けた」という事実を見る必要がある。
残った島も、半分以上が失われた
噴火が終わった1967年、スルツェイ島の面積は約2.7平方キロメートルあった。
そこから海は島を削り続けた。
ヴェストマン諸島周辺は強い風と高波にさらされる地域で、特にスルツェイの南西側では海岸侵食が激しい。固まった溶岩でさえ亀裂から破壊され、巨大な塊となって崖から崩れ落ちてきた。
侵食は初期ほど急速だった。形成直後の数年間には、1年間に数ヘクタールから20ヘクタールほどの陸地が失われることもあったという。
1975年には島の面積が約2.0平方キロメートルとなり、2002年には約1.4平方キロメートルまで減少していた。
航空写真などから地形を復元した研究では、2019年の島は約1.2平方キロメートル。噴火終了時と比べれば、海面上の面積は半分以下になっている。

ただし、スルツェイがこのまま同じ速度で削られ、近い将来に完全消滅すると考えるのは単純すぎる。
侵食されやすい部分が先に失われるにつれて、硬いパラゴナイト凝灰岩や比較的侵食に強い部分が島の中心に残るようになった。実際、侵食速度は初期より低下している。
島の形は小さくなったが、その内部では逆に岩石が強固になってきた。
そして、海岸線が後退する一方で、スルツェイでは別の変化も進んでいた。
噴火直後にはほとんど何もなかった地表へ、生命が入り始めていたのである。
何もなかった火山島に生命が入り始める
新しくできたスルツェイは、生態学者にとって極めて珍しい場所だった。
古い陸地が噴火で覆われたのではなく、海底からまったく新しい陸地が現れたため、植物や陸上動物がほとんど存在しない状態から、生態系がどのように組み上がっていくのかを観察できたからだ。
形成翌年の春には、海岸へ流れ着いた種子や植物片がすでに確認されている。
1965年には、海岸で最初の維管束植物が発見された。その後も海流、風、鳥などさまざまな経路を通じて、生物が少しずつ島へ到達していく。
もちろん、到達しただけで定着できるわけではない。
若い火山島の地表は、植物にとって決して暮らしやすい環境ではなかった。栄養分に乏しく、水を保持できる発達した土壌もほとんどない。強風や塩分にもさらされる。
それでも少数の植物が生き残り、定着すると、枯れた植物体などの有機物が地表へ蓄積されるようになる。時間とともに、生物が次の生物を受け入れやすい環境を作り始めた。
こうした、ほとんど生物のいない新しい地表から生態系が発達していく過程は「一次遷移」と呼ばれる。
スルツェイでは、その最初期から研究者が変化を記録してきた。
だが、生態系の変化を大きく加速させたのは植物だけではなかった。
島へやって来た鳥たちが、環境そのものを変え始めたのである。
島の環境を大きく変えたのは海鳥だった
鳥はスルツェイが海面へ姿を現した直後から島を訪れていたが、本格的な繁殖地が形成されるようになると、その存在は植物にも大きな影響を及ぼした。
海で餌を取る海鳥は、陸へ戻るたびに海の栄養分を島へ運ぶ。
特に重要なのが窒素だった。
火山噴出物だけでできた若い地表には、植物が成長するために必要な栄養分が極端に少ない。ところが鳥の糞や餌の残骸などが蓄積されると、その周囲では窒素をはじめとする栄養分が増えていく。
その差は植生にも現れた。
海鳥の影響が強い場所では植物の被覆率やバイオマスが増え、土壌に蓄えられる炭素も多くなった。一方、鳥の影響が小さい区域には、現在も比較的裸地に近い環境が残っている。
鳥は種子を運ぶだけの存在ではなかった。島の土を肥やし、植物が生育しやすい場所を作り、その植物がさらに別の生物の生活場所になる。

2024年に行われた土壌調査でも、海鳥と植生の影響を強く受ける場所ほど有機物が蓄積し、土壌層の発達が進んでいることが確認されている。
つまりスルツェイでは、海底火山が作った無機質な地面から、植物、鳥、土壌、無脊椎動物などが互いに影響しながら生態系を作っていく過程が、わずか数十年の時間の中で追跡されている。
だからこそ、この島では一つ大きな問題が生まれる。
研究者自身が、その変化を壊してしまってはいけない。
人間を締め出すことで始まった巨大な自然実験
スルツェイは1965年、噴火がまだ続いていた時期から自然保護区に指定された。
現在も許可なく島へ上陸することはできない。
島では動植物を持ち込むことはもちろん、種子や植物片を運び込むこと、自然物を移動させること、廃棄物を残すことなども禁止されている。
厳しい制限の目的は、単に珍しい島を保存するためだけではない。
新しく生まれた陸地へ、どの生物が、どのような経路で到達し、何が定着し、それによって環境がどう変化するのか。その過程へ人間が余計な要素を持ち込まないためである。
研究者が島に入ること自体はあるため、「人間が一度も影響を与えていない島」という意味ではない。それでも、外部からの影響を極力抑えながら長期観測を続けられてきたことが、スルツェイの科学的価値を支えている。
2008年、スルツェイ島と周辺海域はUNESCOの世界自然遺産に登録された。
評価された核心の一つが、この長期観測だった。
スルツェイでは1960年代から、新しい陸地への生物の侵入と一次遷移が継続して記録されている。世界遺産になった理由も、単に「新しい火山島だから」ではない。
島が生まれた直後から保護され、そこで進む自然の変化を長期間追跡できる場所だからこそ価値がある。
しかも、観察されているのは地表の植物や動物だけではない。
研究者たちは島そのものの内部まで調べている。
地下でも、島はいまなお作り変えられている
1979年、スルツェイでは島の地下を調べるためのボーリング調査が行われた。
それから38年後の2017年、国際的なSUSTAIN計画によって再び島が掘削された。1979年の掘削地点に近い場所で新たなコアを採取したことで、同じ若い火山島の地下が数十年間でどのように変化したのかを比較できるようになった。
これはスルツェイならではの研究である。
1960年代に噴出した火山灰や火山礫が、地下の熱水環境の中でどのように変質し、固結していったのかを、実際の岩石から時間差で確認できるからだ。
1979年と2017年のコアを比較した研究では、地下で火山ガラスなどの変質が進んでいることが確認された。
地表では波が島を削っている。その一方、地下では若い火山噴出物が岩へと変わり続けている。
変化はそれだけではない。
測量やGPS観測によると、スルツェイ島は現在もゆっくり沈降している。2025年に発表された研究では、1967年以降の累積沈降はおよそ1メートルに達すると推定されている。
原因は一つではない。まだ柔らかい火山噴出物の圧密、島内部の冷却や鉱物変化、さらに火山体の重量に対する地下深部の応答など、複数の過程が関係していると考えられている。
そして2025年にも、鳥類、陸上無脊椎動物、植物、土壌、地質などを対象とした研究成果がまとめられた。
1963年に始まった観測は、昔の科学史として終わってはいない。
スルツェイそのものが、今も研究対象として変化し続けている。
スルツェイ島はまだ完成していない
1963年11月、そこには海しかなかった。
やがて噴煙の中から黒い島が現れた。周囲にも新しい島が生まれたが、その多くは短期間で波に消された。
スルツェイは残った。
ただし、残った島も同じ姿を保っているわけではない。海岸は削られ、噴火終了時の半分以下まで面積を減らした。その一方で、島内部では火山灰が硬い岩へ変わり続けている。
裸に近かった地表には植物が入り、鳥が海から栄養を運び、それまでほとんど存在しなかった土壌が発達し始めた。そこへ別の生物も加わり、生態系そのものが組み上がってきた。
地下では岩石が変わり、島全体もゆっくりと沈んでいる。
だからスルツェイを「1963年に完成した島」と見ると、この場所の最も面白い部分を見落としてしまう。
この島で観察されているのは、火山島が誕生した瞬間だけではない。
島が海に削られ、岩になり、生き物を受け入れ、土を作り、その姿を変えていく時間そのものだ。
海から姿を現して60年以上。
スルツェイ島は今も、島になり続けている。
参考資料・出典
- UNESCO World Heritage Centre – Surtsey
- Surtsey Research Society – The Surtsey Eruption 1963–1967
- Surtsey Research Society – Erosion of the Island
- Surtsey Research Society – The Preservation of Surtsey
- Surtsey Research Society – The Arrival of Organisms
- Magnússon et al. – Plant colonization, succession and ecosystem development on Surtsey with reference to neighbouring islands
- Leblans et al. – Effects of seabird nitrogen input on biomass and carbon accumulation after 50 years of primary succession on a young volcanic island, Surtsey
- Óskarsson et al. – Erosion and sedimentation in Surtsey island quantified from new DEMs
- USGS – SUSTAIN drilling at Surtsey volcano, Iceland, tracks hydrothermal and microbiological interactions in basalt 50 years after eruption
- Prause et al. – Alteration progress within the Surtsey hydrothermal system, SW Iceland
- Surtsey Research – Volume 16 (2025)
- Sturkell et al. – Continuing subsidence and deformation of the Surtsey volcano, Iceland





