
モーリタニアのサハラ砂漠を上空から見ると、乾いた大地の中に、巨大な円が幾重にも重なった異様な地形が現れる。中心から外へ向かって輪が広がる姿は、まるで地球そのものに描かれた巨大な眼のようだ。
その名はリシャット構造。通称「サハラの眼」と呼ばれ、直径はおよそ40kmに達する。都市ひとつがすっぽり収まるほどの規模がありながら、地上に立つと全体像はほとんど見えない。ひとつの巨大な円として認識できるのは、航空写真や衛星画像のように高い場所から見たときだ。
あまりにも大きく、あまりにも円形に近い。最初にこの姿を見れば、巨大隕石が落ちてできたクレーターを想像しても不思議ではない。
実際、かつて研究者たちも同じ可能性を考えていた。
サハラ砂漠に浮かぶ、直径約40kmの巨大な眼
リシャット構造は、モーリタニア北部のアドラール高原にある。周囲には広大な砂漠と岩石地形が広がり、都市から離れた場所に巨大な同心円だけが浮かび上がる。
地上では一つひとつの尾根や岩層としてしか見えないため、全体像をつかむのは難しい。ところが衛星表示へ切り替えると、何重もの輪が一つの構造としてつながっていることがすぐに分かる。
本当に巨大隕石が落ちた跡なのか
リシャット構造が隕石衝突の跡ではないかと考えられたのは、単に見た目が丸かったからだけではない。中心部には壊れた岩石が集まった角礫岩があり、巨大な円形構造と組み合わされば、衝突によって地面が破壊された跡のようにも見える。
20世紀半ばには、リシャット構造を「アストロブレーム」、つまり古い隕石衝突構造とみなす考えが真剣に検討された。もし本当に巨大隕石がここへ落ちたのなら、地形だけでなく岩石にも、その衝撃の痕跡が残っているはずだった。
隕石が高速で地表へ衝突すると、岩石には通常の地殻変動では生じにくい極端な圧力が加わる。鉱物の内部構造が変化する「衝撃変成」や、岩石に円錐状の模様が刻まれる「シャッターコーン」などは、その代表的な証拠だ。巨大なクレーターであれば、こうした特徴を探すことが衝突起源を確かめる重要な手掛かりになる。
ところが、リシャット構造では決定的な衝突の証拠が見つからなかった。
調べるほど、クレーター説は崩れていった
1969年に行われた地質学的な検討では、隕石衝突を示すはずの特徴が確認できないことが改めて示された。シャッターコーンは見つからず、衝撃変成を受けた鉱物も確認されない。衝突によって作られた巨大構造なら期待される岩石変形も、リシャット構造の成り立ちを説明するほどには存在していなかった。
かつて高圧下でできる鉱物と考えられたものも、後に別の物質だったと判断された。見た目は巨大クレーターに似ていても、岩石が語る履歴は衝突を支持していなかったのである。
ここでリシャット構造を見る目は大きく変わる。
外から何かが落ちて穴を開けたのではないとすれば、この巨大な円は何なのか。答えは、地面の下で起きた変化と、その後に続いた非常に長い侵食の中にあった。
「サハラの眼」の正体は、削られた巨大なドーム
現在のリシャット構造は、巨大なドーム状の地質構造が削られたものと理解されている。
この地域には、もともと長い時間をかけて積み重なった堆積岩の層があった。その地下へマグマが入り込み、周囲の岩石に熱や圧力を与えながら、上にある地層を局所的に持ち上げた。地層全体がゆるやかな山形に盛り上がり、巨大なドームが形成されたのである。
ただし、現在目にするリシャット構造は、そのドームができた直後の姿ではない。隆起した地層の上部は、その後の長い年月の中で風化し、削られ続けた。地表を覆っていた部分が失われるにつれて、ドーム内部の異なる岩層が次々と露出していった。
そのため、現在見える輪は「巨大な穴の縁」ではない。むしろ、丸く盛り上がった地層を上から長い時間をかけて削り、内部の層構造を地表へ浮かび上がらせた結果に近い。
リシャット構造の中心へ向かうほど、より古い地層が露出しているのも、このドーム構造を考えると理解しやすい。外から見ると不思議な同心円だが、地質学的には、かつて立体的に盛り上がっていた地層の断面を見ていることになる。
では、なぜ削られたドームが、これほどはっきりした何重もの輪になったのか。
硬い岩だけが残り、巨大な同心円になった
鍵になるのが、岩石ごとの「削られやすさ」の違いだ。
地層はすべて同じ硬さではない。比較的硬く侵食に耐えやすい層もあれば、柔らかく削られやすい層もある。雨や風、気温変化などによる長期的な風化と侵食が続くと、柔らかい岩層は低く削られ、硬い岩層は尾根として残る。
こうした削られ方の違いは「差別侵食」と呼ばれる。

リシャット構造では、もともとドーム状に傾いていた複数の岩層が侵食されたことで、硬い層が環状の尾根として浮かび上がった。平らな地層を上から削れば帯状に現れるものが、ドーム状に曲がっていたため、上空から見ると輪になって見える。
つまり、「サハラの眼」を形作っているものは、何かが描いた線でも、巨大な壁でもない。地質年代の異なる岩層の境界が、侵食によって立体的に刻み出されたものだ。
その説明だけでも十分に複雑だが、近年の研究によって、リシャット構造の地下で起きた火成活動そのものも、一度きりではなかった可能性が強くなっている。
形成史は一度では終わらない――2024年研究が示した二つの火成活動
長い間、リシャット構造の形成では、およそ1億年前に起きた白亜紀のアルカリ性火成活動が重要だと考えられてきた。地下から上昇したマグマが周囲の岩石へ入り込み、地層を持ち上げ、熱水作用を引き起こしたという理解である。
2005年に発表された研究では、中心部の角礫岩や熱水変質を詳しく調べることで、火成活動と熱水作用、ドーム隆起、そして侵食を組み合わせた形成像が提示された。単純なクレーター説では説明できなかった岩石の特徴が、地下からの活動によってつながり始めた。
ところが2024年の研究では、リシャット構造内部にある一部のガブロが、約2億3000万〜2億年前まで遡る可能性が示された。これは、従来中心的に考えられていた約1億年前の火成活動より、はるかに古い。
研究結果が示すのは、リシャット構造の地下で少なくとも二つの異なる時期にマグマ活動が起きた可能性である。

まず約2億年前に古いマグマが入り込み、その約1億年後、別のアルカリ性火成活動が起きて巨大なドーム形成に関わった。
現在の「サハラの眼」は、一度の出来事だけで作られた単純な地形ではなかった可能性が高い。地下で異なる時代の火成活動が重なり、その後さらに長い侵食が加わって、ようやく現在の姿が現れたのである。
正体は分かっている。それでも研究は終わっていない
リシャット構造は、ときどき「いまだに科学でも説明できない謎の地形」のように紹介される。しかし、その表現は正確ではない。
少なくとも現在、隕石衝突が主要な形成原因ではないこと、ドーム状に隆起した地層が侵食されて同心円状に露出したこと、火成活動と熱水作用が形成に関わったことは、かなり具体的に説明できる。
一方で、すべての細部が決着したわけではない。個々の火成岩体が正確にいつ形成されたのか、地下のマグマ活動がどのような順序で進んだのか、熱水がどの範囲まで岩石を変化させたのかといった点には、まだ研究の余地が残っている。
2024年の研究が形成史を書き換えたこと自体、その好例だろう。リシャット構造は「何も分かっていない場所」ではない。むしろ、大枠は分かっている一方で、新しい年代測定や岩石学的研究によって、その履歴が少しずつ精密になっている場所なのである。
そんな巨大な円形地形だからこそ、科学とは別の物語も生まれてきた。
なぜ「アトランティスではないか」と言われるのか
リシャット構造には、失われた都市アトランティスの跡ではないかという説もある。
理由として語られるのは、何重もの同心円を描く形だ。海と陸が交互に円環状に並ぶ都市というアトランティスのイメージと、リシャット構造の姿を重ね合わせた説が、インターネットを中心に広まった。
しかし、現在のところ、この場所が古代都市だったことを示す信頼できる考古学的証拠は確認されていない。環状構造そのものは人工物ではなく、人類史よりはるか以前から存在する自然の地質構造である。
周辺のアドラール地域には古い石器や岩絵など、人類活動の痕跡が残っている。だが、それはリシャット構造そのものが巨大都市だったという証拠とは別の話だ。
あまりにも人工的に見える自然地形だったからこそ、人工物として説明したくなる物語が生まれた。そのこと自体が、リシャット構造の見た目がどれほど異様かを物語っている。
謎が解けても、「サハラの眼」は異様なまま残る
最初に衛星画像だけを見れば、リシャット構造は巨大隕石の跡にも、何者かが砂漠に残した巨大な印にも見える。
しかし実際には、もっと長い時間がこの形を作っている。
地下へ入り込んだマグマが地層を変え、巨大なドームを持ち上げる。その後、風化と侵食が上部を削り続け、硬い岩層だけを尾根として残していく。さらに近年の研究では、その地下活動さえ一度ではなく、約1億年の隔たりをもつ複数の時代に起きた可能性が見えてきた。
リシャット構造の面白さは、正体が分からないことにあるのではない。
正体を知ったあとでもなお、自然がこれほど人工的な形を作れることにある。
上空から見える巨大な「眼」は、一瞬の大事件の傷跡ではなく、地球内部の活動と途方もなく長い侵食が重なって残した、数億年規模の地質の断面なのである。
参考資料・出典
- NASA Earth Observatory, “Eyeing the Richat Structure”, 2026-04-16
https://science.nasa.gov/earth/earth-observatory/eyeing-the-richat-structure/ - Abdeina, E.H. et al., “How old is the Eye of Africa? A polyphase history for the igneous Richat Structure, Mauritania”, Lithos 482–483 (2024), 107698
https://doi.org/10.1016/j.lithos.2024.107698 - Matton, G., Jébrak, M. & Lee, J.K.W., “Resolving the Richat enigma: Doming and hydrothermal karstification above an alkaline complex”, Geology 33(8) (2005), 665–668
https://doi.org/10.1130/G21542.1 - Matton, G. & Jébrak, M., “The ‘eye of Africa’ (Richat dome, Mauritania): An isolated Cretaceous alkaline–hydrothermal complex”, Journal of African Earth Sciences 97 (2014), 109–124
- NASA Images and Media Usage Guidelines
https://www.nasa.gov/nasa-brand-center/images-and-media/




