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パラオのジェリーフィッシュ・レイク|太陽を追うクラゲの謎

パラオの輝くクラゲ湖 奇妙な島・海・湖

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パラオのジェリーフィッシュ・レイク――なぜ大量のクラゲは太陽を追って湖を横断するのか

パラオのジェリーフィッシュ・レイク(Jellyfish Lake)は、世界でも特に奇妙な湖のひとつとして知られている。

湖を泳ぐのは、半透明の傘をゆっくり動かす大量のクラゲだ。しかも彼らはただ漂っているわけではない。朝になると湖の一方へ移動し、昼を過ぎると向きを変え、再び反対側へ戻っていく。

一見すると、「太陽を追いかけて泳ぐクラゲの湖」という単純な話に思える。

しかし実際には、この湖の奇妙さはそれだけではない。

クラゲには人間にはほとんど感じられないものの刺胞が残っている。湖岸にはクラゲを食べる天敵もいる。そして水面下十数メートルより深い場所には、酸素のほとんどない硫化水素を含む水が広がっている。

さらに、この湖のクラゲは過去に二度、大規模に減少し、成体がほとんど確認できない状態になったことがある。

では、なぜこの小さな湖に大量のクラゲが生まれ、太陽を追うように移動するようになったのか。そして「クラゲの楽園」は、なぜときどき崩れるのだろうか。

森林に囲まれたパラオのジェリーフィッシュ・レイクを上空から見た景観
森林に囲まれたジェリーフィッシュ・レイク。外海と完全に隔絶した淡水湖ではなく、石灰岩の割れ目などを通じて周囲の海と弱くつながる海洋湖である。写真は2008年撮影。
写真:Jellyfish Lake aerial (March 2008).jpg/作者:Lukas/ライセンス:CC BY 2.0

海の中にあるのに、海ではない湖

ジェリーフィッシュ・レイクは、パラオ共和国のマカラカル島(Mecherchar Island / Eil Malk)にある海洋湖だ。

現地名はオンゲイムル・トケタウ(Ongeim’l Tketau)で、英語圏の学術資料では「第5の湖」という意味と説明されている。

湖は南ラグーンのロックアイランド群(Rock Islands Southern Lagoon)の中にあり、この一帯は2012年にユネスコ(UNESCO)の世界複合遺産へ登録された。

ここで重要なのは、ジェリーフィッシュ・レイクが完全に海から切り離された湖ではないことだ。

湖の周囲を囲む石灰岩には割れ目や小さな水路があり、海水はそこを通って外側のラグーンと行き来している。ただし、その交換は非常に弱い。

最終氷期の後、海面が上昇すると、石灰岩島のくぼ地に海水が入り込んだ。こうしてパラオには多数の海洋湖が生まれた。

ジェリーフィッシュ・レイクもそのひとつで、現在の湖が成立したのは、およそ1万〜1万2千年前と考えられている。

つまりここは、海と完全に別世界ではないが、外海から強く隔てられた小さな海の断片なのである。

その半閉鎖的な環境が、やがて独特の生態系を育てていった。

湖の中で独自に変化したゴールデンジェリーフィッシュ

この湖を象徴するのが、ゴールデンジェリーフィッシュ(Mastigias papua etpisoni)である。

パラオの海洋湖では、湖ごとにクラゲが異なる特徴を示す。形態や行動、遺伝的特徴の違いをもとに、2005年には5つの湖のゴールデンジェリーフィッシュがそれぞれ別の亜種として記載された。

これは、海からある程度隔離された小さな湖が、進化の実験室のように働いてきたことを示している。

ジェリーフィッシュ・レイクのクラゲには、体内に光合成を行う共生性の渦鞭毛藻が暮らしている。

この共生藻は光からエネルギーを得て、その一部をクラゲに供給する。だからクラゲにとって光は重要だ。

ここまでは、「だから太陽を追いかけて泳ぐ」という説明につながる。

だが、それだけでは湖を横断する奇妙な移動を十分には説明できない。

朝になると、クラゲは湖を横断し始める

ジェリーフィッシュ・レイクの水中を泳ぐ多数のゴールデンジェリーフィッシュ
ジェリーフィッシュ・レイクを泳ぐゴールデンジェリーフィッシュ。個体数は一定ではなく、気候や湖の環境に応じて大きく変動する。写真は2008年撮影。
写真:Jellyfish Lake, multitudes of jellies.jpg/作者:Lukas/ライセンス:CC BY 2.0

晴れた朝、ゴールデンジェリーフィッシュは湖の西側から東へ向かって移動する。

太陽が高くなると向きを変え、午後には西側へ戻っていく。

過去の研究では、約2,400万個体のクラゲが朝におよそ0.5キロメートル移動する大規模な日周移動も記録されている。

一見すれば、これは光合成のための単純な「太陽追跡」に思える。

ところが、クラゲは湖岸ぎりぎりまで進むわけではない。

岸辺の木々がつくる影の境界付近で止まる傾向がある。

なぜか。

そこには、クラゲにとって危険な生物がいるからだ。

「天敵のいない楽園」ではない

ジェリーフィッシュ・レイクには、クラゲを捕食するイソギンチャク、エンタクマエア・メドゥシヴォラ(Entacmaea medusivora)が生息している。

このイソギンチャクは湖岸近くに待ち構え、近づいたクラゲを刺胞で捕らえて食べる。

つまり、クラゲにとって岸辺は安全地帯ではない。

クラゲは光を求めて泳ぎながら、捕食者のいる岸には近づきすぎないように移動していると考えられている。

湖岸の樹木や地形がつくる影の境界は、実際の湖岸より内側にできる「偽の湖岸」のように機能する。クラゲは日向側を移動するため、結果として捕食者が待つ実際の水際へ近づきにくくなる。

ジェリーフィッシュ・レイクの有名な大移動は、単なる光合成行動ではない。

光を利用しながら、捕食者を避ける。

その二つが重なった結果として、湖を横断する日周移動が生まれていると考えられているのである。

「刺さないクラゲ」は、本当に刺さないのか

ジェリーフィッシュ・レイクについては、「天敵がいないため毒針を失ったクラゲが暮らしている」という説明を目にすることがある。

しかし、これは正確ではない。

ゴールデンジェリーフィッシュには刺胞が残っている。

実際、彼らは共生藻だけから栄養を得ているわけではなく、刺胞を使って動物プランクトンを捕食する。

ただし、その刺激は人間には非常に弱く、多くの場合ほとんど感じられない。

「刺せないクラゲ」ではなく、「人間にはほとんど刺激を感じさせない程度の刺胞を持つクラゲ」と考えたほうが正確だ。

さらに、先ほど見たように天敵も存在する。

この湖は、進化の過程であらゆる防御を捨てた無敵の楽園ではない。

限られた環境の中で、光、餌、捕食者という複数の条件に適応した生態系なのである。

水面下13メートルから、湖は別世界になる

ジェリーフィッシュ・レイクの水面上の森林と水中のゴールデンジェリーフィッシュ
水面上の森林と、水中を泳ぐゴールデンジェリーフィッシュ。湖は水深方向にも強く成層し、深層は表層とは大きく異なる環境になる。写真は2004年撮影。
写真:Above and below Jellyfish Lake.jpg/作者:CT Snow/ライセンス:CC BY 2.0

ジェリーフィッシュ・レイクの奇妙さは、水平方向だけではない。

むしろ、上下方向のほうがさらに極端だ。

湖の深さは最大で約30メートルある。

表層からおよそ12メートルまでは酸素を含む水で、クラゲをはじめとする多くの生物が暮らせる。

しかし、その下では環境が急変する。

およそ13〜15メートル付近には、光合成細菌によるピンク色の層が形成され、そのさらに下はほぼ無酸素状態になる。

深層には硫化水素も含まれる。

ジェリーフィッシュ・レイクは、上層と下層の水がほとんど混ざらない部分循環湖なのである。

この成層には、外側のラグーンとの水交換が弱いことに加え、豊富な降雨で表層の塩分が低くなることや、周囲の高い石灰岩地形によって風による撹拌が弱いことなど、複数の条件が関わっている。

水面付近ではクラゲが泳ぎ、その下には酸素のない世界が沈んでいる。

コーラル・リーフ・リサーチ・ファウンデーション(Coral Reef Research Foundation)は、約13メートルより深い無酸素層に高濃度の硫化水素があることを理由に、訪問者のスキューバダイビングは禁止されていると説明している。

ジェリーフィッシュ・レイクの深さと酸素・硫化水素濃度の変化を示す成層図
ジェリーフィッシュ・レイクの成層を示す図。上層は酸素を含む一方、深層は無酸素で硫化水素を含む。図は1979年4月30日の観測データを基に作成されたもので、2026年現在の測定値そのものではない。
図:JellyfishLakeStratificationDiagram.jpg/元写真:CT Snow/派生図:Davefoc/ライセンス:CC BY 2.0

クラゲの楽園は、二度ほぼ崩壊した

これほど独特な環境に適応したクラゲなら、長く安定して繁栄しているように思える。

だが実際には、ジェリーフィッシュ・レイクの個体数は気候条件によって大きく変動する。

最初の大きな異変は、1997〜1998年の非常に強いエルニーニョ(El Niño)の後に起きた。

1998年9月にはまだ多数いたクラゲが、その年の12月にはほぼ姿を消した。

研究では、この時期に湖の上層で水温や塩分が大きく変化していたことが確認されている。

特に高水温を含む湖の物理環境の変化が、クラゲの急減に重要な役割を果たしたと考えられている。

それでも湖からクラゲが完全に絶滅したわけではなかった。

その後、個体数は回復し、2001年には推定約2,000万個体まで戻った。

しかし2015〜2016年、強いエルニーニョと深刻な干ばつの時期に、再び大幅な減少が起きた。

2016年5月を最後に、成体のゴールデンジェリーフィッシュはしばらく確認されなくなった。

この二度目の減少については、今も正確な原因が一つに絞り込まれているわけではない。

水温、塩分、降雨量、餌環境など、複数の要因が同時に変化した可能性がある。

やがて環境が回復すると、クラゲも再び増え始めた。

2018年末には、パラオ政府が十分な個体数の回復を確認し、訪問可能であることを発表した。

「いつでも数百万匹いる湖」ではない

ジェリーフィッシュ・レイクを紹介する写真や映像では、水中いっぱいにクラゲが漂う光景が強調されることが多い。

だが、この湖を「いつでも数百万匹のクラゲがいる場所」と考えるのは正確ではない。

個体数は年ごと、季節ごとに大きく変化する。

コーラル・リーフ・リサーチ・ファウンデーションは、現在も湖の水温やクラゲ個体数を継続的に監視している。

2026年10月16日時点で公開されている最新モニタリングは2026年9月16日のもので、ゴールデンジェリーフィッシュは「10万個体超」のカテゴリーに分類され、直近3か月との比較ではおおむね横ばいとされている。湖の0〜12メートルの平均水温は30.9℃で、今後3か月についてはクラゲの存在に有利な「Green」と評価されている。

これは少ない数ではない。

しかし、過去に記録された数百万〜数千万規模と比べれば、湖の姿が一定ではないことがよく分かる。

ジェリーフィッシュ・レイクの本当の面白さは、「大量のクラゲがいる」という一点ではない。

大量発生と急減を繰り返しながら、気候の変化に反応し続ける生態系そのものにある。

小さな湖が、巨大な環境変化を映し出す

ジェリーフィッシュ・レイクは面積がおよそ5〜6ヘクタールしかない。

しかし、その小さな湖の中には、海面上昇によってできた地形、海から隔離された生物の進化、共生、捕食、無酸素水塊、気候変動への反応が重なっている。

朝になるとクラゲが湖を横断するのは、単純に太陽が好きだからではない。

光合成を行う共生藻に光を届けながら、湖岸の捕食者を避ける必要があるからだ。

水面下には硫化水素を含む無酸素層があり、その上でクラゲたちは狭い生存空間を移動している。

そしてエルニーニョや干ばつによって水温や塩分の条件が変われば、その大群そのものがほとんど見られなくなることさえある。

ジェリーフィッシュ・レイクは、クラゲが大量にいるから奇妙なのではない。

外の海と細くつながった小さな湖の中で、生物と環境が微妙な均衡を保ち続けている。

その不安定さまで含めて、この場所は異様なのである。

参考資料・出典

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