畑の下から現れた「石の迷宮」――スー・ヌラージ・ディ・バルーミニは、なぜ増築を重ねたのか
20世紀の半ばまで、そこは巨大な古代建築には見えなかった。
イタリア(Italia)のサルデーニャ島(Sardegna)中南部、バルーミニ(Barumini)近郊にあるスー・ヌラージ・ディ・バルーミニ(Su Nuraxi di Barumini)は、崩れた石と土、植生に覆われ、遺構を覆う土地では農作物も育てられていた。ところが1950年代に本格的な発掘が進むと、その下から現れたのは、一基の塔ではなかった。中央の巨塔、その周囲の四つの塔、分厚い石壁、さらに外郭、その外に広がる大規模な集落――何世紀にもわたって段階的に建て足されてきた、巨大な石造複合体だった。
この遺跡を面白くしているのは、単に「巨大な石塔がある」ことではない。むしろ重要なのは、最初は一基の塔だった建築が、時代とともに何度も姿を変えたことである。

写真:Nuraghe Su Nuraxi – Barumini – Sardinia – Italy – 02.jpg/作者:Norbert Nagel/ライセンス:CC BY-SA 3.0
サルデーニャにしかない巨大石塔「ヌラーゲ」
スー・ヌラージの中心にあるのは、ヌラーゲ(nuraghe)と呼ばれるサルデーニャ特有の巨石塔である。島内には多数のヌラーゲが残っているが、形は一様ではない。単独の塔もあれば、複数の塔や壁、集落を組み合わせた大規模な複合体もある。
バルーミニの遺跡は、その中でもとりわけ複雑な例だ。
最古の中核部分は、紀元前2千年紀中頃の中期青銅器時代につくられたと考えられている。中央塔は基部の外径がおよそ10メートル。現在でも約14メートルが残り、完成時には18.5メートルを超えていたとユネスコ(UNESCO)は説明している。
塔の内部には、本来三層の部屋が縦に重なっていた。壁の内部を通る階段が各層をつなぎ、円形の部屋の天井は、石を少しずつ内側へ張り出させながら積み上げる持ち送り式の擬似ドームで閉じられている。モルタルを基本的に使わない石積みで、高さのある内部空間を成立させていた。
使われた石の中心は、近くのジャーラ台地(Giara di Gesturi)に由来する玄武岩である。硬い火山岩を積み上げた外観は、後世の城塞を思わせる。しかし、ここで「ヌラーゲは要塞だった」とだけ理解すると、遺跡の面白さを半分見落とすことになる。
一基の塔は、やがて四つの塔に囲まれた
中央塔が築かれたあと、その周囲には四基の副塔が追加された。副塔同士は分厚い石壁で結ばれ、中央塔を囲む四葉形の大きな堡塁ができあがった。
さらに、その外側にも石壁と塔を持つ外郭が加えられた。ここまで来ると、最初の「一基の塔」とはまるで別の建築である。
しかも増築は、単純に外へ広げただけではない。
後の時代には堡塁そのものが大規模に補強され、初期の地上入口や開口部の一部が意図的に塞がれた。新しい入口はより高い位置へ移され、内部への出入りの仕方まで変更されている。イタリア文化省系の資料では、泥灰岩質の支持層の沈下による構造上の問題が、こうした補強の理由として挙げられている。
つまり、現在見えているスー・ヌラージは「ある時代の完成形」ではない。数百年にわたる増築と改修の結果が、一つの巨大な構造物に重なっている。
なぜ、これほどまでに大きくしたのか
ここで避けたいのが、「敵から守るための要塞だった」という一つの説明だけで片づけることだ。
確かに、厚い壁や塔、高所化された入口には防御的な性格がある。周囲の平野を見渡せる立地も、監視や領域管理に適している。しかし現在の研究では、ヌラーゲは防御だけでなく、物資の集積や分配、水や食料の保管、領域や交通路の管理、共同体の活動など、複数の役割を持つ施設だった可能性が考えられている。
そのことを考えるうえで重要なのが、塔の外に広がる村落である。
最盛期のスー・ヌラージ周辺には、約200棟の小屋があったとするイタリア文化省系の資料がある。初期には円形の単室住居が多かったが、鉄器時代になると、複数の部屋が中庭を囲む複雑な住居が増えていく。

写真:Nuraghe Su Nuraxi – Barumini – Sardinia – Italy – 11.jpg/作者:Norbert Nagel/ライセンス:CC BY-SA 3.0
巨大塔の変化だけでなく、人々が暮らした家の形まで変わっている。これは、生活単位や社会組織が変化していった可能性を考える重要な手掛かりになる。
スー・ヌラージの「増築」は、単なる建築工事ではなかったのかもしれない。共同体のあり方が変化するにつれて、中心施設も周辺集落も作り替えられていった。遺跡全体が、社会変化を石で記録した年輪のように見えてくる。
「会議の小屋」が語る、塔の外の世界
村落の中には、「小屋80」と呼ばれる外径約9.7メートルの大型円形建物がある。
内部の壁沿いには石のベンチが巡り、五つのニッチが設けられている。石製のヌラーゲ模型や石製容器なども見つかっており、公的な考古学資料では、社会的な代表や儀礼に関わる空間だった可能性が示されている。
「議会」や「会議場」と呼ばれることもあるが、現代の政治制度と同じものだったと考える根拠はない。それでも、この建物は、塔の周囲で共同体的・儀礼的な活動が行われていた可能性を考える重要な材料である。
破壊されても、遺跡は終わらなかった
スー・ヌラージの歴史は青銅器時代だけでは終わらない。
鉄器時代末には大きな破壊を受け、その後、遺跡の上には新しい生活空間がつくられた。古い研究では、この破壊をカルタゴ人の攻撃と結びつける説明もあった。しかし、現行の公的資料や近年の研究動向を踏まえると、破壊の原因を特定の軍事侵攻に直結させるのは慎重であるべきだ。
紀元前5世紀ごろにはプニック(Punic)文化圏のもとで利用され、さらにローマ(Roma)支配期にも建物は改造・再利用された。ユネスコは人々の居住が紀元3世紀ごろまで続いたとし、サルデーニャ州の資料はさらに紀元6〜7世紀まで散発的な利用があったことを示している。
つまり、青銅器時代の人々が築いた塔は、一度の歴史だけで役目を終えたわけではない。放棄された時期を挟みながらも、後の時代の人々によって繰り返し使われ、別の意味を与えられていった。
20世紀、畑の小丘から世界遺産へ
この巨大な複合遺跡が本格的に姿を現したのは、意外なほど新しい時代である。
考古学者ジョヴァンニ・リッリウ(Giovanni Lilliu)は1930年代から遺構に注目し、第二次世界大戦後、1951年から1956年にかけて体系的な発掘を指揮した。発掘前、遺構の大部分は崩落土に覆われ、農地の中の高まりのように見えていた。
発掘には多くの地元住民が参加し、土砂の運搬などには牛も使われた。現在では世界遺産として知られる巨大遺跡が、わずか数世代前まで日常の農地の下に埋もれていたという事実は、それだけでも印象的である。
1997年、スー・ヌラージ・ディ・バルーミニは世界文化遺産に登録された。ユネスコは、この遺跡をサルデーニャのヌラーゲ建築を代表する卓越した例として評価している。
本当に不思議なのは「巨大さ」より「変わり続けたこと」

写真:SuNuraxi-pjt3.jpg/作者:Pjt56/ライセンス:CC BY-SA 4.0
スー・ヌラージを一枚の写真だけで見ると、まず目に入るのは異様なほど分厚い石壁と塔の群れだ。だが、遺跡の本当の魅力は、その完成形の迫力だけではない。
最初は一基の塔だった。
そこに四つの塔が加わり、外郭ができ、周囲に村が広がった。入口は塞がれ、建物は補強され、家の形も変わった。その後はいったん放棄された時期を挟みながら、プニック期やローマ期にも再利用され、さらに中世初頭にあたる紀元6〜7世紀まで散発的な利用の痕跡が残った。
スー・ヌラージは、誰かが一度の計画で造った「古代の城」ではない。
ヌラーゲ社会の中で増築と改修を重ね、その後も時代を隔てて再利用された場所である。
だからこそ、この遺跡を眺めるときに本当に問うべきなのは、「どうやってこんな巨大な石造建築を造ったのか」だけではない。
なぜ人々はこの建築を大きく作り替え、さらに後の時代の人々まで、この場所を繰り返し利用したのか。
その答えは一つに決まっていない。しかし、塔と住居が幾重にも重なるスー・ヌラージそのものが、青銅器時代のヌラーゲ社会の変化と、その後に続いた長い再利用の歴史を石の形で残している。
参考資料・出典
- UNESCO World Heritage Centre — Su Nuraxi di Barumini
- UNESCO — 1997 ICOMOS Advisory Body Evaluation
- UNESCO — 2024 Periodic Reporting Cycle 3
- Direzione regionale Musei Nazionali Sardegna — Area Archeologica “Su Nuraxi” di Barumini
- Regione Autonoma della Sardegna / Sardegna Cultura — Villaggio nuragico di Su Nuraxi
- Sardegna Cultura — Su Nuraxi: la torre centrale
- Sardegna Cultura — La scoperta
- Sardegna Cultura — La sala delle riunioni (capanna 80)
- Comune di Barumini — Area Archeologica Su Nuraxi
- Nicola Ialongo, “Crisis and Recovery: The Cost of Sustainable Development in Nuragic Sardinia,” European Journal of Archaeology





