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アクセルハイバーグ島|北極に残る約4500万年前の森

アクセルハイバーグ島、氷原に残る古代の森 立入困難・隔絶された場所

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アクセルハイバーグ島――氷の島に残る「約4,500万年前の森」

カナダ北極圏のさらに奥、エルズミーア島(Ellesmere Island)の西側に、道路も常住の町もない巨大な島がある。アクセルハイバーグ島(Axel Heiberg Island)だ。

面積は43,178平方キロメートル。島の中央部には山地と氷帽が連なり、最高地点のアウトルック・ピーク(Outlook Peak)は標高2,210メートルに達する。地図の上では巨大な陸地だが、一般の旅行者が簡単にたどり着ける場所ではない。

しかし、この島を特別にしているのは「遠いから」だけではない。

現在は永久凍土と氷河に覆われる高緯度の島なのに、地面からは約4,000万~4,500万年前の木々が現れる。しかも、それらの多くは完全に石になった木ではない。木質や落ち葉まで、驚くほど良好な状態で保存されている。

さらに島の別の場所では、氷点下約5度、塩分約24%という極端な湧水の中で微生物が活動している。地下には巨大な岩塩構造があり、約9,500万年前の大規模な火山活動の痕跡まで露出している。

ここは、氷の島でありながら、かつての森、塩の山、古代の溶岩、そして地球外生命研究につながる環境まで同居する場所なのである。

アクセルハイバーグ島南部グレイシャー・フィヨルド付近の氷河と雪に覆われた山地
アクセルハイバーグ島南部、グレイシャー・フィヨルド付近の氷河景観。1975年撮影。
写真:Axel Heiberg Island 07.jpg/作者:Matti&Keti(ファイル説明では Lorenz King 撮影)/ライセンス:CC BY-SA 4.0

立入禁止ではない。それでも簡単には行けない

アクセルハイバーグ島は、ヌナブト準州(Nunavut)のクイーンエリザベス諸島(Queen Elizabeth Islands)に属し、スヴェルドラップ諸島(Sverdrup Islands)の一角を占める。

「隔絶された場所」と聞くと、軍事区域や厳重な立入禁止地帯を想像するかもしれない。だが、この島は島全体が一般立入禁止になっているわけではない。過去には遠征クルーズによる上陸例もある。

それでも、到達は極端に難しい。

島には一般旅行者が利用する都市空港も道路網もない。代表的な季節有人拠点として、マギル大学(McGill University)が運用するマギル北極研究基地(McGill Arctic Research Station)がある。1960年に設立されたフィールドステーションで、町というより研究者が極地調査を行うための小規模な前線基地に近い。

近年の研究隊も、南から定期便一本で島へ向かっているわけではない。2025年のミュラー氷帽調査では、イエローナイフ(Yellowknife)、ケンブリッジベイ(Cambridge Bay)、レゾリュート(Resolute)、ユリーカ(Eureka)と北極圏の拠点を段階的に経由し、最後はツイン・オッター(Twin Otter)で氷帽へ入った。

アクセルハイバーグ島ジオデティック・ヒルズに着陸したツイン・オッター機
アクセルハイバーグ島のジオデティック・ヒルズに着陸したツイン・オッター。1997年撮影で、2025年の調査隊そのものを写した写真ではない。
写真:Twin Otter 2 1997-08-03.jpg/作者:Ansgar Walk/ライセンス:CC BY-SA 2.5

しかも極地飛行は、天候、視界、風、雪面や地面の着陸条件に左右される。予定通り着けるとは限らない。カナダ保存研究所(Canadian Conservation Institute)による1990年代の化石林調査でも、悪天候による日程短縮や、航空機・ヘリコプターに依存した野外活動が記録されている。

つまり、アクセルハイバーグ島は「禁止されているから行けない島」ではない。交通、気象、安全管理の壁が重なった結果、普通の旅行の延長では届きにくい島なのである。

なぜ北極の島から「森」が出てくるのか

この島でもっとも有名な場所のひとつが、東部のジオデティック・ヒルズ(Geodetic Hills)にあるナパルトゥリク(Napartulik)だ。

ここでは、切り株、倒木、葉、種子、球果、落葉層などが、かつて森林が存在していた場所に近い状態で保存されている。年代は資料によって約4,000万年前、約4,500万年前などと丸め方が異なるが、学術的には中期始新世、おおむね約4,100万~4,800万年前の森林と考えられている。

現在の風景だけを見れば、森が成立していたとは想像しにくい。アクセルハイバーグ島は北緯80度近くに位置し、冬には太陽が長期間昇らない極夜、夏には沈まない白夜が訪れる。

それでも始新世の地球は現在より温暖で、高緯度北極圏にも森林生態系が成立していた。ナパルトゥリクではメタセコイア(Metasequoia)類を含む植物群が確認されており、単に「暖かかった」というだけでなく、長い暗闇と白夜を繰り返す特殊な光環境の中で森林が存在したことを示す貴重な記録になっている。

文献では、ナパルトゥリクという地名は「木のある場所」ほどの意味と説明される。現在ほとんど樹木のない高緯度の島に、かつての森の記憶が地名と地層の双方に残っているのは印象的である。

「化石林」なのに、木の多くは石になっていない

ここで少し意外なのが、「化石林」という呼び方だ。

カナダ保存研究所によると、ナパルトゥリクの切り株のうち鉱物化しているものは約5%にすぎない。多くの木は、一般に想像される珪化木のように完全な石へ置き換わったわけではなく、木そのものの組織を残した「ミイラ化」に近い状態で保存されている。

アクセルハイバーグ島ジオデティック・ヒルズに残るミイラ化したメタセコイアの切り株
ジオデティック・ヒルズに残るミイラ化したメタセコイアの切り株。1997年撮影。
写真:Metasequoia occidentalis Mummified Forest 1997-08-03.jpg/作者:Ansgar Walk/ライセンス:CC BY-SA 2.5

これらの森林遺体は、もともと泥や細粒の堆積物に埋没して保存され、のちに形成された永久凍土と、現在の乾燥・凍結した北極環境の中で長く残ってきた。現在の乾燥・凍結環境から取り出すと急速に劣化することも、カナダ保存研究所の保存研究で確認されている。

しかし、この保存状態は強さを意味しない。むしろ逆である。長いあいだ凍結・乾燥環境にあった木材は、露出すると風、水、凍結融解、斜面侵食、人の踏みつけなどで傷みやすい。

1990年代の調査では約1,000本の切り株が記録され、場所によっては侵食が年平均約3ミリ進んでいることも確認された。さらに、注目を集めたことで訪問者による持ち去りや研究採取も保存上の問題になった。

珍しいものが発見され、知られるほど失われやすくなる。ナパルトゥリクは、自然遺産が有名になることの矛盾も抱えている。

2026年1月時点で、この地域はナパルトゥリク準州立公園として正式指定済みなのではなく、依然として「提案中」の公園計画として扱われている。保全はすでに終わった話ではない。

島の地下では「塩」が山を押し上げている

アクセルハイバーグ島の奇妙さは、古代の森だけではない。

地下には、はるか昔の海でできた岩塩や石膏、硬石膏などの蒸発岩が厚く存在する。これらは周囲の岩石より流動しやすく、長い地質時間の中で上へ押し上がることがある。その結果、上の地層を変形させながら貫く「ダイアピル(diapir)」と呼ばれる構造ができる。

2014年の研究では、島には露出した石炭紀の蒸発岩ダイアピルが46個記載されている。研究者は、約370キロメートルにわたる島内でこれほど多くのダイアピルが地表に現れる集中度を、イランに次ぐ規模と評価している。

森林が乏しい極地砂漠だからこそ、褶曲した地層や塩の構造が植生に隠されず地表へ現れやすい。地質学者にとっては、地下で起こるはずの巨大な地層変形を地表から観察できる天然の実験場でもある。

さらに古い時代、この島には巨大な溶岩流があった

現在のアクセルハイバーグ島から受ける印象は、氷と岩の世界だ。だが、地質をさらに遡ると風景は一変する。

約9,500万年前、白亜紀後期には大規模な火山活動が起きていた。島の西部から中央部には、ハイ・アークティック巨大火成岩区(High Arctic Large Igneous Province)の活動に関係する玄武岩質溶岩が広く残る。

カナダ地質調査所(Geological Survey of Canada)は、プラトー湖(Plateau Lake)東方で約950メートルに及ぶ玄武岩層序を記載している。現在は永久凍土の島でありながら、その岩盤には大規模な溶岩流が何層にも重なった時代の記録が保存されているのだ。

約9,500万年前の火山活動、約4,000万~4,500万年前の森林、そして現在の氷河。この島では、まったく異なる地球の姿が同じ地面の上に積み重なっている。

氷点下5度でも凍らない「ロスト・ハマー」

そしてアクセルハイバーグ島には、古い地球だけでなく、地球外環境を考えるための場所まである。

島西部のロスト・ハマー・スプリング(Lost Hammer Spring)は、極端に冷たく塩辛い湧水だ。2022年の研究では、水温は約マイナス5度、塩分は約24%。溶存酸素は1 ppm未満で、ほぼ無酸素の環境とされる。

普通の水なら凍ってしまう温度だが、高い塩分のため液体として存在できる。研究では、地下水は最大約600メートルに達する永久凍土を通って供給されていると考えられている。

しかも、そこは無生物の塩水ではない。

湧水中には活動的な微生物群集が存在し、硫黄化合物やメタンに関係する代謝が確認されている。放出されるガスの約半分はメタンだった。

このためロスト・ハマーは、火星や、木星の衛星エウロパ(Europa)、土星の衛星エンケラドゥス(Enceladus)に存在するかもしれない低温・高塩分環境を考える宇宙生物学のアナログとして研究されている。

「約4,500万年前の森」と「地球外生命研究につながる氷点下の塩水」が、同じ北極の島にある。アクセルハイバーグ島の時間と環境の振れ幅は、それほど大きい。

氷河は、現在進行形の変化も記録している

島は過去だけを保存しているわけではない。現在の気候変動を追う観測場所としても重要である。

ホワイト氷河(White Glacier)では、1959~1960年頃から質量収支の観測が続いている。高緯度北極圏では非常に長い記録で、2017年の再解析では、氷河面積が1960年の41.07平方キロメートルから2014年には38.54平方キロメートルへ減少したと報告された。

ミュラー氷帽(Müller Ice Cap)では、比較的融解の影響が小さい高標高部から、過去の気候や海氷変動を読み解く氷床コアを得られる可能性が研究されている。2025年にも国際的な掘削調査が実施された。

さらに2023年の研究では、マスコックス・バレー(Muskox Valley)で永久凍土のポリゴン地形と融解が表面流出の経路を変え、新しい河道網が発達する過程が追跡された。

何千万年前の環境を閉じ込めた島で、現在の温暖化による地形変化も同時に進んでいるのである。

「無人の島」ではなかった

現在、アクセルハイバーグ島に常住の町はない。しかし、それを「人間が一度も暮らしたことのない無人島」と表現するのも正確ではない。

島東岸からは、トゥーレ文化(Thule culture)期の集落に由来する遺物が確認されている。少なくとも欧州探検以前から、この地域に人間活動の痕跡があった。

カナダ政府は島名に ᐅᒥᖕᒪᑦ ᓄᓈᑦ を併記し、カナダ自然博物館の2026年資料では Axel Umingmat Nunaat と表記している。本稿では、これらの日本語読みを信頼できる日本語資料・公式発音資料で確定できなかったため、推測のカタカナ表記は行わない。

現在広く使われる島名は、ノルウェーの探検家オットー・スヴェルドラップ(Otto Sverdrup)のフラム号(Fram)による第二次遠征で探査された際、遠征を支援した実業家アクセル・ハイベルグ(Axel Heiberg)にちなみ付けられた。

だが、この地の人間史を欧州探検家の到来から始めるべきではない。現在の名称の背後にも、より長い北極圏の人間活動の歴史がある。

消えた1930年の探検隊が残した物資

この島には、もうひとつ奇妙な人間史が残っている。

1930年、ドイツ人探検家ハンス・K・E・クリューガー(Hans K. E. Krüger)が率いる北極探検隊が消息を絶った。数十年後の1999年、アクセルハイバーグ島南西部で古い装備や資料を含む遺構が発見され、2004年にはヌナブト政府による考古学調査が行われた。

研究者は、それを遭難後に捨てられた物ではなく、探検隊が後で回収するつもりで重量物を置いた「物資貯蔵所」だった可能性が高いと解釈している。

極地では、地形と気候が人間の痕跡を消すこともあれば、逆に何十年も残すこともある。島に残ったわずかな装備は、行方不明になった探検隊のルートを復元する手掛かりになった。

遠いからこそ残った。遠いだけでは守れない

アクセルハイバーグ島は、観光地として「秘境」と呼ぶだけではもったいない場所だ。

約4,000万~4,500万年前の森林、地下から押し上がる塩、約9,500万年前の溶岩、氷点下の高塩分湧水、長期観測される氷河。これほど異なる時代と環境の記録を同じ島でたどれることが、アクセルハイバーグ島の大きな特徴である。

そして、その隔絶性は多くのものを保存してきた。ミイラ化した木々も、極地の地層も、人間の遺物も、簡単に人が出入りできない環境だったからこそ残った部分がある。

だが、遠ければ自動的に守られるわけではない。化石林では侵食が進み、人間による採取も問題になった。氷河や永久凍土は温暖化の影響を受け、地形そのものが変化している。

アクセルハイバーグ島の不思議さは、「誰も行けない場所」にあるのではない。

現在の氷の風景の下に、森だった地球、火山だった地球、塩が動く地球、そして今まさに変わりつつある地球が、何層にも重なって見えてくることにある。

参考資料・出典

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