太い幹から無数の枝が上へ伸び、その先に葉が密集して巨大な傘のような形をつくる。乾いた高原にそんな木々が並ぶソコトラ島の風景は、地球上のものとは思えないほど異様に見える。
その象徴が、赤い樹脂を出すことから「竜血樹」と呼ばれる Dracaena cinnabari だ。

Photo: 2socotra / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
しかし、ソコトラの特殊さは奇妙な木が一本生えていることではない。確認されている植物825種のうち307種、約37%が固有種とされ、爬虫類では約90%、陸生巻貝では約95%が世界のほかの地域では見られない。
なぜ、これほど多くの生物が一つの島で独自の姿を残したのか。
その理由を追っていくと、植物よりはるかに古い、ソコトラ島そのものの歴史へ行き着く。
地球とは思えない「傘の森」
ソコトラ島は、イエメン本土から南へ離れたインド洋北西部、アデン湾の入口付近に位置している。アフリカの角にも近く、島の面積は約3,625平方キロメートル。中央から東側には標高約1,500メートルに達するハッギール山地がそびえている。
島を有名にしたのは、やはり竜血樹の姿だろう。
一般的な樹木とは違い、枝が上方で何度も分岐し、葉が樹冠の外側に集まる。その結果、遠くから見ると巨大な緑色の傘を並べたような景観になる。竜血樹だけでなく、太く膨らんだ幹を持つデザートローズの仲間や、樹木の姿をしたキュウリノキなど、ソコトラには独特な植物が多い。
ただし、「変わった植物がたまたま集まっている島」と考えると、この場所の本当の特殊さを見落としてしまう。
植物の約37%が固有種という数字に加えて、爬虫類や陸生巻貝ではさらに高い固有率が確認されている。特殊なのは数種類の植物ではなく、生態系そのものなのである。
こうした極端な固有性から、ソコトラは「インド洋のガラパゴス」と呼ばれることもある。
では、なぜここまで周囲と違う生態系が成立したのだろうか。
答えの一部は、島が海から生まれたのではなく、大陸から離れていったことにある。
ソコトラは火山から生まれた孤島ではない
海に浮かぶ孤島と聞くと、海底火山が成長して水面上へ現れた島を思い浮かべるかもしれない。
ソコトラは、そのタイプの島ではない。
島の地下には大陸地殻が存在し、地表には数億年前に形成された古い花崗岩質の基盤も露出している。ソコトラは海の中でゼロから生まれたのではなく、もともと大陸側に属していた地殻の一部なのである。
大きな変化が始まったのは、現在のアデン湾が形成されていく時代だった。
数千万年前、アフリカとアラビアの間で地殻が引き伸ばされ、断層活動と隆起、地殻の薄化が進んでいく。ソコトラでも約3,800万~3,200万年前にはリフト形成に伴う変動が始まり、その後さらに大きな変化を経験した。
やがて約2,000万年前前後になると、大陸地殻が引き裂かれる段階から海洋地殻が形成される段階へ移り、およそ1,760万~1,700万年前にはアデン湾東部で海洋底拡大が成立していった。
こうしてソコトラは南アラビア側から海によって隔てられていく。

この過程を単純化して「約1,800万年前にゴンドワナ大陸から切り離された」と紹介されることもあるが、実際の地質史は一度の出来事で島が切り取られたほど単純ではない。地殻の伸張、断層活動、隆起、削剥、海洋底拡大が長い時間をかけて進行し、現在の孤立した島が形づくられた。
長期間の隔離は、独自の生物が残るための重要な条件だった。
けれども、それだけでは説明が終わらない。
ソコトラ全体が同じ乾燥した環境なら、現在見られるほど多様な生態系は生まれにくい。島の内部には、海岸から山頂まで大きく異なる環境が存在している。
隔離だけでは生まれない――山と霧がつくった小さな世界
ソコトラ島を地上で移動すると、海岸から山地まで景観は大きく変化する。
低い海岸平野の内側には石灰岩の台地が広がり、そのさらに中央東部には花崗岩を主体とするハッギール山地が立ち上がる。島の最高部は約1,500メートルに達し、小さな島としては大きな標高差がある。

NASA Earth Observatory image by Jesse Allen, using data obtained from the Goddard Land Processes data archives (LAADS).
この山地が、水分の少ないソコトラで重要な役割を持つ。
インド洋から季節風によって運ばれてきた湿った空気は、山の斜面を上昇する過程で雲や霧を生む。海岸部が乾燥していても、高地では霧などから植物が水分を得られる場所が存在する。

そのため、ソコトラは一枚の乾いた岩のような島ではない。
海岸平野、石灰岩台地、山岳地帯という地形の違いに加え、標高や水分条件も場所によって変わる。狭い島の内部に複数の環境が隣り合っている。
海による長期間の隔離が、生物集団を周囲から切り離した。そして島内の複雑な環境が、それぞれの場所で生物が生き残り、変化していく条件を与えた。
ソコトラの異様な景観は、「孤島だったから」という一言だけでは説明できない。隔離と地形、乾燥、季節風、山地に生じる湿気が組み合わさった結果なのである。
世界のどこにもいない生き物が増えていった
世界遺産として登録されているソコトラ諸島では、825種の植物が確認され、そのうち307種が固有種とされている。
その代表格が竜血樹だ。
Dracaena cinnabari はソコトラを自然分布域とする植物で、名称の由来にもなった赤い樹脂は古くから知られてきた。広く張り出した傘状の樹冠は奇抜に見えるが、乾燥した環境の中で生きる植物として成立してきた姿でもある。
さらにソコトラには、太く水分を蓄えるような幹を持つ植物や、キュウリの仲間でありながら樹木状に成長する Dendrosicyos socotranus など、ほかの地域ではほとんど目にすることのない植物が生育する。

Photo: Rod Waddington / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0
独自性は植物に限らない。
世界遺産委員会が登録時に示した評価では、ソコトラの爬虫類の約90%、陸生巻貝の約95%が固有とされている。周囲から隔てられた長い時間は、島全体の生物相に刻み込まれている。
19世紀にヨーロッパの植物学者が本格的な調査へ入ったときも、その特殊さはすぐに注目された。1880年にはスコットランドの植物学者アイザック・ベイリー・バルフォアがソコトラを調査し、その後の植物研究に大きな足跡を残している。現在使われている竜血樹の学名 Dracaena cinnabari Balf.f. にも、彼の名が残っている。
こうした高い固有性からソコトラが「インド洋のガラパゴス」と呼ばれるのは理解しやすい。
ただし、二つの島々の成り立ちは同じではない。ガラパゴス諸島が火山活動によって形成された海洋島であるのに対し、ソコトラは大陸性の地殻を持つ。
似ているのは地質ではなく、長い隔離によって独自性の高い生態系が成立したという点だ。
ところが、何千万年もの隔離を耐えてきた生態系だからといって、今後も同じ姿で残るとは限らない。
古代のような森に、若い竜血樹が少ない
成熟した竜血樹が何本も並ぶ景観だけを見ると、この森は何世代にもわたり安定して更新されてきたように感じられる。
実際には、一部の竜血樹林で若い個体が著しく少ないことが研究によって確認されている。
フィルミヒン台地などで行われた調査では、若齢個体の不足が指摘されている。原因として重要視されているのが、ヤギなどによる過放牧だ。成熟した木が残っていても、芽生えた苗木が食べられ続ければ次の世代へ置き換わっていかない。

2023年に発表された竜血樹の研究でも、自然更新の乏しさと若い個体の不足が問題として扱われている。成熟した竜血樹の中には数百年に達すると推定される個体もあり、現在見えている森の姿だけでは将来の状態を判断できない。
さらにソコトラの生態系には、過放牧だけでなく開発、外来種、廃棄物や汚染、気候変動など複数の圧力が重なっている。2015年にはサイクロン「チャパラ」と「メグ」が相次いで周辺を通過し、島の自然環境にも被害を与えた。
異世界のような景色を作っている木々の一部は、非常に長い時間を生きている。
だからこそ、今そこに大木があることと、森が健全に世代交代していることは同じではない。
世界遺産になっても、時間は止まらない
ソコトラ諸島は2008年、豊かな生物多様性と極端に高い固有性が評価され、UNESCOの世界自然遺産に登録された。
しかし、世界遺産になったことは自然環境の変化が止まったことを意味しない。
2026年の世界遺産委員会は、ソコトラが登録理由となった例外的な生物多様性を現在も保持していることを確認する一方、重要な陸上・海洋生態系が悪化し、開発圧力、外来種、汚染、気候変動、持続不可能な資源利用などによって完全性が脅かされているとして深刻な懸念を示した。
一方で、2025年に行われた現地調査では、確認された脅威の多くは迅速な対応と十分な資源があれば大部分が回復可能と判断されている。このため2026年時点では、ソコトラ諸島を「危機にさらされている世界遺産リスト」へ登録することは勧告されなかった。
守る時間は、まだ残されている。
なお、世界遺産であることと安全に旅行できることは別の問題だ。2026年1月23日付の日本国外務省の危険情報では、ソコトラ島を含むイエメン全土が危険レベル4「退避してください。渡航は止めてください」とされている。イエメン本土の情勢を受け、ソコトラ島を発着する航空便が一時的にすべて停止した事例についても注意喚起されている。
乾いた高原に並ぶ竜血樹を最初に見れば、それは地球とは別の場所に生えた植物のように映るかもしれない。
けれども、ソコトラを特別な場所にしたものは、説明できない未知の力ではなかった。
大陸の地殻が引き裂かれ、海が広がり、島が孤立する。山が湿った空気を受け止め、その中で生物が長い時間をかけて生き残り、変化していく。その積み重ねが、現在の景観を作った。
ソコトラの不思議さは、科学で説明できないことにあるのではない。
むしろ数千万年という地球の時間が、今も目に見える風景として残っていることにある。
そして、その時間が作った景観が未来にも同じ姿で残るかどうかは、すでに別の問題になっている。
参考資料・出典
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https://whc.unesco.org/en/list/1263/
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https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo_043.html





