湖の中に森が立つ――カインディ湖の「誕生日」を年輪が書き換えた
カザフスタン南東部の天山山脈(Tien Shan)に、湖面から何本もの白い木の幹がまっすぐ突き出している湖がある。カインディ湖(Lake Kaindy)だ。
一見すると、枯れ木が後から湖に運び込まれたようにも見える。しかし、この木々は湖ができる前から谷底に生えていた。大規模な地すべりが川をせき止め、森林のある谷そのものが水に沈んだのである。
それだけでも十分に奇妙な成り立ちだが、カインディ湖にはもう一つ興味深い点がある。長いあいだ「1911年の大地震で生まれた湖」と説明されてきたのに、近年の年輪研究によって、その誕生は1889年だった可能性が高いと見直されつつあるのだ。
木々は、ただ不思議な景観をつくっているだけではない。その幹の内部に、湖がいつ生まれたのかという記録まで残していた。

写真:Lake Kaindy, Kazakhstan.jpg/作者:Anna Powaska/ライセンス:CC BY-SA 4.0
森が湖に沈んだのではなく、森のある谷が湖になった
カインディ湖は、カザフスタン南東部のアルマトイ州(Almaty Region)、クンゲイ・アラタウ山系(Kungei Alatau)にある。標高は約1,870メートル。現在はコルサイ・コルデリ国立自然公園(Kolsai Kolderi National Park)の一部に含まれている。
近年の査読研究によれば、湖は長さ約445メートル、幅約100メートル、深さ約30メートルとされる。一方、カザフスタン政府系資料には幅や水深について異なる数値もある。資料間の差の理由は明示されていないため、こうした寸法は一つの絶対値として扱わないほうがよい。
湖を生んだ直接の原因は、山腹から崩れ落ちた巨大な岩盤地すべりだった。研究では、その体積は約800万立方メートルと推定されている。崩れた岩石がカインディ川をふさぎ、天然のダムをつくった。その上流側に水がたまり、谷底に生えていたシュレンクトウヒ(Picea schrenkiana)の森が立ったまま冠水した。
つまり、木々が一本ずつ倒れて湖底に沈んだのではない。森林のあった場所そのものが、短い時間のうちに湖底へ変わったのである。
研究者は集水域や湖の推定容量から、地すべりの発生後、数か月ほどで高い水位に達した可能性を示している。突然つくられた天然ダムの背後で水位が上がり、森が急速に水没した。現在見られる「湖の中に立つ森」は、その地形変化の痕跡だ。

写真:KZ Kaindy Lake.jpg/作者:PictureRost/ライセンス:CC BY-SA 4.0
水の中では、100年以上前の枝が残っている
カインディ湖の奇妙さは、水面上の幹だけではない。
冷たい湖水の中には、シュレンクトウヒの側枝が非常によく残っている。研究では、夏でも湖水の最高温度が6℃を超えないとされ、低い水温が水没木の保存状態に関係していると説明されている。
ただし、「100年以上前の針葉がそのまま残っている」という説明には注意が必要だ。透明な水中では、枝に細かな緑色のものが付着し、針葉が残っているように見えることがある。近年の研究は、枝を覆う藻類やその他の水生植物が、死んだ木に針葉が残っているような視覚的印象をつくっていると説明している。
カインディ湖は確かに「水没した森」だが、その保存状態については、見た目だけで過剰に説明しないほうが正確なのである。
長く信じられてきた「1911年誕生説」
カインディ湖は長年、1911年に起きたケミン地震(Kemin earthquake)によって形成されたと紹介されてきた。2026年現在でも、カザフスタンの公式観光ポータルには「1911年1月の地震後に形成された」という説明が掲載されている。
この説は単なる観光伝説ではない。2022年には、湖に沈んだ木の年輪を調べた査読研究が発表され、4本の水没木を1912年まで年代決定したとして、1911年の地震との関係を支持した。
ところが、その後の研究で状況が変わった。
2024年にオンライン公開され、2025年に学術誌へ収録された研究では、水没木32本と周辺の生木50本を対象に、より大規模な年輪年代学的分析を行った。天山山脈各地の参照年輪系列とも照合し、従来研究の年代決定を再検討したのである。
その結果、水没木から得られた平均年輪系列は1717年から1888年に対応した。さらに、年代決定できた水没木の65%で、最後に確認された年輪が1882〜1888年に集中していた。
地すべり堆積物上に育つ木の推定定着年代も重要だった。最も古い推定定着年は1898年までさかのぼり、別の木では1901年ごろの発芽が推定された。どちらにしても、地すべりが1911年に初めて起きたという説明とは時系列が合わない。
年輪が指したのは、1889年のチリク地震だった
では、湖を生んだ地すべりはいつ起きたのか。
水没木が1888年まで成長していたこと、地すべり上に1890年代から樹木が定着していたこと、そして歴史地震の記録を重ねると、研究者が注目したのが1889年7月11日のチリク地震(Chilik earthquake)だった。
この地震は北部天山を襲った非常に大きな地震で、カインディ湖の形成を扱った研究ではM8.2として扱われている。一方、歴史地震記録の再解析にはMw7.9〜8.0程度とする研究もあり、規模の推定には幅がある。
カインディ湖の谷は、1889年の地震に関係すると考えられる断層破壊痕から8.5キロメートル未満の位置にある。水没木の最終成長年、地すべり上に育った木の年代、周辺の地震史を総合すると、1889年の地震が地すべりを誘発、あるいは再活性化し、川をせき止めたという説明が最も整合的だと研究チームは考えた。
重要なのは、これを単純に「昔の説が間違いだった」と片づけないことだろう。
2022年の研究で1912年とされた一部の水没木は、後続研究の再解析で1882年へ修正された。ほかの一部試料は、信頼できる年代照合ができないとして除外された。より多くの標本と広域の参照年輪データを使うことで、年代決定そのものが見直されたのである。
つまりカインディ湖の形成史は、研究手法とデータが増えたことで更新されたのである。
現時点では1889年説が有力だが、研究者自身も「1889年の地震で地すべりが発生、または再活性化したと提案する」という慎重な表現を用いている。そのため「1889年に完全に確定した」と言い切るより、「最新研究では1889年形成が有力」とするのが正確だ。
湖は生まれたあとも、同じ姿ではなかった
カインディ湖を「地震で一度だけつくられ、そのまま残っている湖」と考えると、もう一つ大事な点を見落とす。
湖は形成後も大きく姿を変えている。
2025年掲載の研究では、1980年に天然ダムが部分的に破れ、水位が約10メートル低下したとされている。一方、カザフスタン政府系資料には、この大きな変化を1980年代中ごろ、あるいは末ごろの泥流と説明するものもあり、細かな時期には資料差がある。
湖面が下がれば、それまで水中にあった木の部分が空気にさらされる。水面上の幹が白くなり、枝を失っている一方、水中の側枝が非常によく残っていることは、湖面低下の痕跡を目で見る手がかりにもなっている。
近年の研究は、湖をせき止めている地すべり末端部で後退侵食が進み、水位低下が続いていると報告している。侵食がさらに進めば、将来、水没林そのものが失われる可能性も指摘されている。
カインディ湖は「完成した絶景」ではない。地震と地すべりによって突然生まれ、その後も天然ダムの侵食によって形を変え続ける、現在進行形の地形なのである。
不思議なのは景色より、その景色が記録を持っていたこと
水面から突き出す白い木々だけを見れば、カインディ湖は奇妙な「水没林」として十分に印象的だ。
しかし、この湖を本当に興味深くしているのは、その木々が景観の一部であると同時に、地質史の記録媒体でもあったことかもしれない。
森が生えていた最後の年。地すべりが起きた時期。湖ができた順序。100年以上たってから、研究者たちは木の年輪を読み直し、湖の「誕生日」そのものを再検討した。
1911年とされてきた湖は、実は1889年に生まれていたのかもしれない。
そして、その答えを最もよく覚えていたのは、湖の中に立ち続けていた木々だった。
カインディ湖の場所
カインディ湖はカザフスタン南東部、アルマトイ州のコルサイ・コルデリ国立自然公園内にある。
参考資料・出典
- Cécile Miramont et al., “Tree rings reveal the correlation between the Kaindy Lake submerged forest and the historical 1889 M 8.2 Chilik earthquake (Kazakhstan)”, Natural Hazards 121, 3533–3558, 2025(オンライン公開2024)
DOI: 10.1007/s11069-024-06927-0 - Cécile Miramont et al., Correction, Natural Hazards, 2025
DOI: 10.1007/s11069-025-07175-6 - Ünal Akkemik, Kuralay Mazarzhanova, Arailym Kopabayeva, “A case study on geomorphology: Tree-ring-based confirmation of the formation year of Lake Kaindy after the 1911 Kemin earthquake in Almaty (Kazakhstan)”, Turkish Journal of Earth Sciences 31(6), 622–628, 2022
DOI: 10.55730/1300-0985.1823 - Christoph Grützner et al., “Multisegment rupture in the 11 July 1889 Chilik earthquake (Mw 8.0–8.3), Kazakh Tien Shan, interpreted from remote sensing, field survey, and paleoseismic trenching”, Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 2016
DOI: 10.1002/2015JB012763 - Frank Krüger et al., “Magnitudes for the historical 1885 (Belovodskoe), the 1887 (Verny) and the 1889 (Chilik) earthquakes in Central Asia determined from magnetogram recordings”, Geophysical Journal International, 2018
DOI: 10.1093/gji/ggy377 - Kazakhstan.travel「Lake Kaindy」
- カザフスタン政府「Кайынды」
- UNESCO Man and the Biosphere Programme「Kolsai Kolderi」
- カザフスタン共和国法令データベース Adilet:2007年2月7日政令第88号





