
Photo: Yodaobione / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
青い海に囲まれた島の中に、まるで別の絵から切り取って置いたようなピンク色の水面がある。西オーストラリア州沖、ミドル島にあるヒリアー湖は、その強烈な色の対比によって世界的に知られてきた。
湖は長さ約600メートル、幅約250メートル。巨大な湖ではない。それでも上空から見ると、濃い緑の植生と海の青、その間に横たわるピンク色が際立ち、自然の風景とは思えないほど鮮やかだった。ヒリアー湖は、ミドル島にある恒常的な高塩分湖である。
ただし、昔の写真に写っているあの色を、現在も同じように見られるとは限らない。2022年を境に、ヒリアー湖は長く代名詞だった鮮やかなピンク色を失った。なぜ湖はピンクだったのか。そして、なぜその色は消えたのか。二つの疑問は、実は同じ環境の変化につながっている。
海のすぐ隣にあった、鮮やかなピンクの湖
ヒリアー湖があるミドル島は、西オーストラリア州南岸に広がるルシェルシュ諸島の一つだ。湖は海岸からわずかな距離にあり、砂丘や植生帯を挟んで海と隣り合っている。
その色は最近になって知られたものではない。1802年1月、オーストラリア沿岸を探検していたマシュー・フリンダースの一行はミドル島に滞在し、ピンク色の湖と塩に注目した。ヨーロッパ側の記録だけを見ても、この湖の奇妙な色は200年以上前から人の目を引いていたことになる。
ヒリアー湖は、外へ水が流れ出す河川を持たない終端性の高塩分湖でもある。地下水によって涵養され、地表から流れ込む水は少ないと考えられている。水位が下がると湖岸に塩が析出するほどの環境で、多くの生物にとっては厳しい場所だ。

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ところが、何も生きられないわけではない。むしろ高い塩分に適応した微生物たちが暮らしている。そしてヒリアー湖のピンク色を理解するには、まずその小さな生物たちを見る必要がある。
「ピンクの藻」だけでは説明できなかった
ピンク色の塩湖についてよく登場するのが、ドナリエラ・サリナという微細藻類だ。高い塩分に耐えられるこの藻はカロテノイド系の色素を作るため、ヒリアー湖についてもドナリエラが色の原因ではないかと以前から考えられてきた。
分かりやすい説明ではある。しかし、湖の中を詳しく調べると、一種類の藻だけでは話が終わらなかった。
研究チームは2015年2月にヒリアー湖から湖水や堆積物を採取し、そこに含まれるDNAなどを調べた。2022年に発表された研究では、細菌、古細菌、藻類、ウイルスを含む多様な微生物群集が確認され、その中にはドナリエラだけでなく、サリニバクター、ハロバチルス、サイクロフレクサス、ハロルブルムなど、色素を作ることが知られている複数の微生物が含まれていた。
この結果から研究者らは、ヒリアー湖のピンク色には一種類の藻だけではなく、複数の色素産生微生物からなる群集が関与していると考えている。研究は湖の色を部分的に説明する成果ではあるものの、どの微生物が色にどの程度寄与しているのかまで完全に確定したわけではない。

それでも、一つ重要なことが分かる。ヒリアー湖の色を考えるには、そこに含まれる「何か一種類」を探すより、高塩分という特殊な環境と、そこに成立する微生物群集を一緒に見る必要がある。
そして2022年、その環境そのものが大きく変わった。
2022年、湖からピンク色が消えた
2022年4月、ミドル島周辺で大規模な降雨があった。大量の水が湖へ入り、それまで非常に塩分の高かった環境が薄められた。
変わったのは塩分だけではない。増えた水に浸かった植生から有機物や栄養分が湖へ入り、水は以前の鮮やかなピンクとは異なる暗い色を帯びるようになったと、現地の環境科学者は説明している。2025年になっても、かつての鮮やかな「バブルガムピンク」は戻っていなかった。
これは単に、雨水がピンク色の水を薄めたというだけの話ではない。高い塩分を好む微生物にとって、水量や塩分の変化は生育環境そのものの変化になる。
2022年の大雨後に微生物群集が具体的にどう変化したのかについては、現在確認できる研究から細かな内訳まで断定できない。それでも、湖の色と高塩分環境が深く結びついているという見方とはよく整合する。
長く象徴だった色が、環境の変化とともに消えた。この出来事によって、「ヒリアー湖はピンク色の湖である」という説明だけでは見えなかったものが現れてくる。

色が消えたことで、ピンク色の仕組みが見えてきた
ヒリアー湖を見ると、水そのものにピンク色の物質が溶け込んでいるように思える。しかし研究が示しているのは、それより複雑な生態系だ。
強い塩分に耐えられる微生物が生息し、その中にはさまざまな色素を作る種類がいる。研究者らは、そうした複数の色素産生微生物の組み合わせが、ヒリアー湖の特徴的な色に関与していると考えている。
そこへ大量の雨が降り、水量と塩分条件が変われば、以前と同じ微生物環境が維持されるとは限らない。
そう考えると、2022年の出来事は「有名な観光地の色があせた」というだけでは終わらない。色を失ったことで、それまで当たり前のように存在していたピンク色が、一定の環境条件のもとで成立していた現象だったことが、かえって分かりやすくなった。
ヒリアー湖は「科学でも説明できない謎の湖」ではない。微生物と色の関係については研究が進んでいる。ただし、色の成立に関わるすべての要因や、それぞれの微生物の寄与まで完全に解明されたわけではない。
ここまで来ると、最初の疑問も変わってくる。
なぜピンクなのか、ではなく、あの色はもう一度戻るのだろうか。
またピンク色に戻る日は来るのか
その可能性はあると考えられている。湖へ入った水が蒸発すれば、水量が減って塩分は再び高くなる。2025年に取材を受けた現地の環境科学者は、水位が下がって塩分が上昇すれば、赤い色に関わる微生物が再び増え、鮮やかなピンクが戻るとみている。ただし、その時期については予測できないとしている。
西オーストラリア州の公式観光情報も、2026年4月の改訂時点で、2022年の大雨によって塩分が薄まり、ヒリアー湖は以前の鮮やかなピンク色を失ったと案内している。色は自然条件によって変動し、再び鮮やかな色になる時期は予測できない。
ミドル島は遠隔地にあり、湖を見る方法も限られている。2026年10月時点では、エスペランス発のヘリコプター運航会社が、2026年12月から2027年4月にかけてヒリアー湖とミドル島を含む季節運航を予定している。実際に訪れる場合は、その時点の運航状況と湖の状態を改めて確認する必要がある。
昔の空撮写真をもう一度見ると、最初とは少し違って見える。
青い海のすぐ横に浮かぶ鮮やかなピンクは、ミドル島に永久に塗られた色ではなかった。高い塩分、その環境に適応した微生物、水量や降雨といった条件が重なったときに現れていた景観だったと考えられる。
だからこそ、色を失った現在のヒリアー湖も、昔の姿から外れてしまった別物ではない。湖が環境の変化に応じて姿を変えている、その途中にある。
いつ再び同じピンクになるのかは分からない。けれど、もしその色が戻ったとき、あの水面は以前より少し違うものとして見えるはずだ。
参考資料・出典
- Sierra et al., “Microbiome and metagenomic analysis of Lake Hillier Australia reveals pigment-rich polyextremophiles and wide-ranging metabolic adaptations”, Environmental Microbiome, 2022
- Tourism Western Australia, “Pink and Rainbow Lakes of Western Australia” — Revised April 2026
- ABC News, “WA’s Lake Hillier loses iconic pink colour, but there is strong hope for its recovery”, 2 February 2025
- National Museum of Australia, “Matthew Flinders in the Recherche Archipelago”
- HeliSpirit, “Esperance Scenic Helicopter Flights”





