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後頭湾村|緑に沈んだ中国の廃村、なぜ豊かな漁村が「無人村」になった?

緑に沈む廃村と霧の漁港 廃墟・放棄された場所

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中国・後頭湾村――緑に沈んだ廃村は、なぜ豊かな漁村が「無人村」になったのか

中国・浙江省の沖合、東シナ海に浮かぶ嵊山島(嵊山岛)。その北東部に、家々の壁や屋根をつる植物が覆い、遠目には集落そのものが緑の斜面へ溶け込んだように見える場所がある。

後頭湾村(后头湾村)だ。

写真だけを見れば、「漁業が衰え、貧困のため捨てられた村」と想像したくなる。ところが、後頭湾の歴史をたどると、話はそれほど単純ではない。ここはかつて、島内でも豊かな漁村だった。そして、その「豊かさ」こそが、住民に村を離れる選択肢を与えた側面がある。

廃村になった理由は、漁業資源の変化だけではない。冬の海、急斜面、何百段もの石段、教育や生活サービスへのアクセス、島の人口集約政策。複数の要因が重なった結果、3000人を超えた村は、数十年のうちに常住集落としての役割を失っていった。

現在の後頭湾は、単なる「放置された廃墟」でもない。安全対策や遊歩道が整備され、観光地として管理されている。つまり、ここに残る風景は、自然が人間の暮らしを覆い隠した跡であると同時に、人がその風景を保存し、再び価値を与えている場所でもある。

緑のつる植物に覆われた中国・後頭湾村の旧住宅群
つる植物に覆われた後頭湾の旧住宅。2018年5月撮影。
写真:Thomas was taken on 20180517 in Wuren island Zhoushan City Zhejiang Province S8A0593- 1.png/作者:Thomas Chu/ライセンス:CC BY-SA 4.0

海のそばに生まれた、3000人超の漁村

後頭湾村が正式に建制されたのは1950年とされる。

村がある嵊山島は、舟山漁場(舟山渔场)の中心部に近い。かつては島の周囲でイカ類やタチウオなどを漁獲でき、後頭湾も漁業を基盤に発展した。地元資料によれば、最盛期には人口が3000人を超え、3つの漁業生産大隊と3か所の漁業用埠頭を持っていたという。

斜面には住宅が密集した。現在「廃墟」として見える2階建て、3階建ての建物の多くも、もともとは住民が漁業で得た収入を使って建てた家だった。

とくに改革開放後、漁業経営が集団単位から戸別請負へ移ると、収入を大きく伸ばす世帯が現れた。1980年代の後頭湾では、高所得世帯を意味する「万元戸(万元户)」という呼称が珍しくなかったと、地元の元村幹部は証言している。

後頭湾の歴史を理解するうえで、これは重要な事実だ。

この村は、長く貧困に苦しんだ末に放棄されたわけではない。むしろ、少なくとも1980年代までは、嵊山島でも裕福な漁村の一つだった。

後頭湾村の海岸と埠頭、斜面に並ぶ旧住宅
後頭湾の海岸と埠頭、斜面に並ぶ旧住宅。2018年12月撮影。
写真:Houtouwan 03.jpg/作者:Milkomède/ライセンス:CC BY-SA 4.0

豊かになった村で、なぜ人が減ったのか

後頭湾が空になった理由として、インターネットでは「港が小さく、大型漁船が入れなかったから」という説明が見られる。しかし、地元メディアの取材に答えた元村幹部は、この説明を否定している。

問題は、もっと日常的で、しかも複合的だった。

まず、村は島の北側にあり、冬季の漁期には船の出入りが不便だった。漁獲物を陸揚げしたあとも、村の外へ運ぶには急斜面を上らなければならない。元村幹部の証言では、400段を超える石段が輸送の負担になっていたという。

後頭湾村の急斜面に続く石段と斜面上の旧住宅
石段から見下ろす後頭湾。斜面に住宅が密集していたことが分かる。2018年12月撮影。
写真:Houtouwan 04.jpg/作者:Milkomède/ライセンス:CC BY-SA 4.0

町の中心部へ出る交通も不便だった。学校や生活サービスへのアクセスは十分とはいえず、教師の通勤も負担になっていた。

さらに、1970年代以降には近海の漁業資源が次第に減少し、漁船はより遠くへ出るようになった。村の立地は、かつての沿岸漁業には都合がよくても、漁業の大型化・広域化が進むほど不利になっていった。

ここで逆説が生まれる。

1980年代には漁業収入が増え、住民の経済力も上がっていた。地元の元村幹部によれば、収入を得た住民の一部は、定海や杭州、寧波などで住宅を購入するようになった。

つまり、村が豊かになった結果、「不便でもここに住み続けるしかない」という条件が崩れたのである。

村を離れたのは、一度にではなかった

後頭湾は、ある日突然、全員が姿を消した村ではない。

人口流出は1980年代後半から1990年代にかけて段階的に進んだ。漁業資源の変化、交通の不便、教育や日常生活の条件、住民の所得上昇、そして小規模な島の集落をより大きな拠点へ集約する政策が重なった。

2002年、後頭湾村は行政村として正式に廃止され、当時の民富村へ編入された。

このため、「1990年代に住民が次々と離れた村」と「2002年に廃村になった村」という二つの説明は、必ずしも矛盾しない。前者は実際の人口流出が進んだ時期、後者は行政上の撤村時期を指している。

また、「無人村」という呼び名も厳密には注意が必要だ。2015年の地元報道では、少数の高齢者が残っていたとされる。現在は観光客や管理スタッフも出入りしている。

つまり後頭湾は、文字どおり「人が一人もいない場所」というより、常住集落としての機能を失った旧漁村と考えた方が正確だ。

人が去ったあと、緑が家々を覆った

住民が減り、住宅の維持管理が途絶えると、斜面の植物が建物へ広がっていった。

中国側の資料では、外壁を覆うつる植物を「爬山虎」と表現する例が多い。英語圏の記事ではクズと説明されることもあるが、今回確認した中国側の主要資料だけから、村を覆う植物をすべてクズと断定することはできない。

そのため、後頭湾の景観を説明するなら、「つる植物や草木が無人化した住宅を覆っていった」とするのが安全だ。

この植物の広がりが、後頭湾を世界的に知られる風景へ変えた。

2015年、緑に覆われた家々を写した写真が中国のインターネット上で急速に拡散した。ほどなく海外メディアも取り上げ、後頭湾は「自然に飲み込まれた村」の代表例のように紹介されるようになった。

けれど、その有名な景観が成立したころには、村の歴史そのものはほとんど知られていなかった。

「完全な放置」ではない、現在の後頭湾

現在の後頭湾を見て、「自然が好きなように廃墟を覆い続けている」と考えるのも正確ではない。

観光地化が進んだ後、現地では危険家屋の補強、主要道路の修繕、展望施設、歩道、駐車場、トイレなどの整備が行われた。2018年6月1日には、安全対策を経て正式に一般公開された。

つまり、現在の緑の景観には二つの時間が重なっている。

一つは、住民が離れた後に植物が建物へ広がった時間。もう一つは、その風景を壊さず観光資源として残そうと、人が再び管理を始めた時間だ。

2020年の後頭湾景区の実績については、同じ地元メディアでも数字が一致していない。2021年2月の記事は「12万人超、入場料収入360万元余」、同年6月の記事は「10万人、約350万元」と報じている。集計条件の違いは確認できないため、一方だけを確定値として扱うことはできない。

一方、2024年については、後頭湾と東崖絶壁(东崖绝壁)の2景区を合わせて15万人が訪れ、観光収入は360万元だったと地元メディアが報じている。

さらに2026年9月の嵊泗側報道でも、嵊山鎮が「無人村・緑野仙踪」を観光事業の一つとして活用していることが確認できる。後頭湾は、過去の廃村を保存するだけの場所ではなく、現在も地域の観光経済に組み込まれた景区である。

これらから確実にいえるのは、後頭湾がもはや単なる「捨てられた村」ではないということだ。

かつて住民が去った場所が、今度は観光によって地域経済を支える場所へ変わっている。

廃村になったことで、村は世界に知られた

後頭湾の歴史には、少し皮肉なところがある。

人が暮らしていた時代、この村は漁業で栄えていた。しかし、世界的に知られるようになったのは、人が去った後だった。

屋根や窓、石段、外壁を植物が覆い、生活の痕跡が緑に包まれたことで、後頭湾は強烈な視覚的イメージを持つようになった。写真だけを見れば、「文明が消えれば自然はこうなる」という物語にも見える。

しかし実際の歴史は、もっと人間的だ。

住民は、単に魚が獲れなくなったから逃げ出したわけではない。収入を得て、便利な暮らしや教育環境を求め、島の中心部や外部へ生活を移していった。古い漁村の立地条件が、変化した社会や産業に合わなくなったのである。

そして、無人化によって生まれた景観が観光資源となり、今度は地域社会へ収入をもたらしている。

後頭湾が語るのは、「自然の勝利」だけではない

後頭湾の写真は、自然が人間の建物を飲み込んだように見える。

けれど、ここで起きたことを「自然対文明」という単純な物語だけで説明すると、本質を見失う。

後頭湾を空にしたのは、自然災害でも一夜の破局でもなかった。漁業の変化、交通、地形、教育、生活サービス、所得の上昇、人口集約という社会の変化が、数十年かけて村の存在条件を変えていった。

そして人が去ったあと、植物が家々を覆った。

さらにその景観を見つけた人々が、今度は観光地として整備し、管理し始めた。

後頭湾は、「自然に飲み込まれた廃村」であると同時に、20世紀後半から21世紀にかけての中国沿岸部で、漁村の暮らしと経済がどう変わったかを記録する場所でもある。

その緑色の廃墟が不思議なのは、単に見た目が幻想的だからではない。

かつて豊かだった村が、人々の暮らしが良くなる過程で空になり、その「空白」そのものが新しい価値を生み出した――その逆説こそが、後頭湾を特別な場所にしている。

後頭湾村の場所

参考資料・出典

  1. 嵊泗県人民政府『嵊泗県「緑水青山就是金山銀山」実践創新基地建設実施方案』
  2. 嵊泗新聞網「嵊山后头湾:被时间遗忘的『绿野仙踪』」
  3. 浙江在线「每票50元 网红景点嵊泗『绿野仙踪』6月起正式对外开放」
  4. 央广网「被时间遗忘的『绿野仙踪』 探访神秘海岛无人村」
  5. 浙江省纪委省监委「嵊泗:『无人村』资产管理 全程列入民主监督」
  6. 嵊泗新闻网「泗洲塘村:『绿野仙踪』提质又升级」
  7. 嵊泗新闻网「泗洲塘村:集体经济结硕果 村民分红乐开花」
  8. 中国国家地理「嵊山岛 百年渔场的辛酸变迁」
  9. Reuters Connect “Creeping Vines, Abandoned Village”
  10. 嵊泗新闻网「走海岛 听欢歌|嵊山镇:鱼鲞拓实共富底盘 渔村揽动海岛流量」

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