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タオス・ハムの謎|聞こえる人だけが聞く低い音の正体

タオス・ハムの謎:月夜の音波 正体不明・未解明

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タオス・ハムの謎|聞こえる人にだけ聞こえる「低い音」はどこから来たのか

アメリカ合衆国(United States)南西部の町で、遠くのディーゼルエンジンが回り続けるような音を聞く人が現れた。ところが、隣にいる人には何も聞こえない。しかも、研究者が音を測ろうとしても、訴えに一致する共通の音源は見つからなかった。

「聞こえる」という証言があるのに、その音の発生源が確認できない。ニューメキシコ州(New Mexico)の町を舞台にしたタオス・ハム(Taos Hum)は、そうした食い違いから知られるようになった現象である。

しかし、この話は「未知の音が今も町を覆っている」という結論では終わらない。調査が進むにつれ、謎の中心は町のどこかにあるはずの機械から、音を受け取る人間の耳そのものへと移っていった。

一部の住民にだけ聞こえた、エンジンのような低音

舞台となったタオス(Taos)は、ニューメキシコ州北部、サングレ・デ・クリスト山脈(Sangre de Cristo Mountains)の西側に位置する町だ。周辺には高原と山地が広がる。

ニューメキシコ州タオス中心部の歴史地区にあるタオス・プラザ
タオス中心部の歴史地区。写真は2010年撮影。タオス・ハムの音源地点を示すものではない。
写真:Taos Plaza, part of the Taos Downtown Historic District.JPG/作者:Bjc471/ライセンス:CC BY-SA 3.0

この町で低い持続音の訴えが広く知られるようになったのは、1990年代初頭のことだった。1993年の『ロサンゼルス・タイムズ(Los Angeles Times)』の報道によれば、住民のカタンヤ・ソルツマン(Catanya Saltzman)は1991年5月ごろに音を感じ始めた。1992年3月19日付の地元紙『タオス・ニュース(Taos News)』への投書で体験を公にすると、似た音を訴える人々が次々と現れた。

その音は、遠くでアイドリングするディーゼルエンジン、あるいはポンプや機械の低いうなりに例えられた。一定の音が鳴り続けるという人もいれば、脈打つように感じる人もいた。夜や静かな室内で気になり、眠りを妨げられると訴える人もいた。

奇妙なのは、同じ地域に住んでいても聞こえない人がいることだった。さらに、聞こえる人同士の表現も必ずしも一致していない。そもそも、皆が同じ音を聞いていたのだろうか。

科学者たちは「町の音」を捕まえようとした

住民の訴えは、1993年に大学と国立研究所などが関わる共同調査へと発展した。ニューメキシコ大学(University of New Mexico)、サンディア国立研究所(Sandia National Laboratories)、ロスアラモス国立研究所(Los Alamos National Laboratory)などの研究者が参加した。

調査は証言の収集だけではなかった。空気を伝わる低周波の音に加え、地面の振動や電場、磁場、電磁波も測定された。研究者たちは18インチのウーファーを応用した大型の低周波検出器まで用意し、普通のマイクでは捉えにくい音を探った。

そして、音が聞こえると答えた10人には、人工的に作った低音を調整して、自分が普段聞いているものに近づけてもらった。

10人のうち8人は、自分が知覚しているハムに近い音を再現できた。選ばれた搬送周波数はおよそ32~80ヘルツ、脈動に対応する変調周波数は0.5~2ヘルツだった。つまり、少なくとも一部の聞き手は、自分が感じているものを具体的な低周波音としてマッチングできたのである。

しかし、それと対応する共通の外部音は検出されなかった。地震観測でも説明できる信号は見つからず、電磁波の測定結果も、主に既知の電力設備や電波送信などで説明できるものだった。

研究者たちは、「誰も音を感じていない」ことを証明したのではない。むしろ、音を感じている人たちがいる一方で、環境側の測定からは全員に共通する音源を特定できなかったのである。

「住民の2%が聞く」という数字の意味

調査では周辺住民への質問票も送られた。約8,000人に配布され、1,440人が回答。そのうち161人が、ハムを知覚する人に分類された。

単純に割れば、回答者の約11%にあたる。ただし、これはタオス周辺の住民全体の11%が聞いていたという意味ではない。回答者に体験者が偏っていた可能性があるからだ。

調査担当者は、「聞こえる人が全員回答した」と仮定した場合、地域人口に占める聞き手の割合の**下限を約2%**と見積もった。これは、無作為標本から得られた確定的な有病率ではない。

数字から見えてくるのは、低い音を訴える人が実際に複数いたこと、そしてその体験が住民全員に共有されていたわけではないことだ。

地殻の振動か、軍の電波か。それでも説明がつかなかった

音源が見つからないと、説明を求める想像は広がる。工業機械の振動、送電設備、地下の地質活動、さらには軍の極低周波(Extremely Low Frequency: ELF)通信まで疑われた。

タオス周辺はリオ・グランデ地溝帯(Rio Grande Rift)に近い。土地の成り立ちと低周波の振動を結びつけたくなる場所ではある。しかし、地質が特殊であること自体は、ハムの原因を示す証拠にはならない。1993年の測定では、報告された現象を説明する地震信号は見つからなかった。

ニューメキシコ州タオス郡、ジカリタ・ピーク東方のサングレ・デ・クリスト山地
タオス郡のサングレ・デ・クリスト山地。周辺地形を示す写真で、ハムの発生源を示すものではない。
写真:East of Jicarita Peak – Flickr – aspidoscelis (1).jpg/作者:Patrick Alexander/ライセンス:CC0 1.0

軍事通信についても同様だ。調査では、疑いの向けられた周波数帯を含めた電磁信号が測られたものの、ハムに対応する異常な共通の信号は確認されていない。「原因が分からない」ことと「秘密の送信機が原因である」ことの間には、大きな隔たりがある。

ただし、外部の音源という考えをすべて捨て去ることもできない。遠方の換気設備や機械のような実際の低周波騒音を、限られた場所や条件で知覚する可能性はある。ひとつの町で似た訴えがあったとしても、原因までひとつとは限らないのだ。

音源は外ではなく、耳の中にあるのか

そこで重要になるのが、「音は外からやって来るものだけではない」という視点だ。

耳鳴りというと、高い「キーン」という音を思い浮かべるかもしれない。しかし米国国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(National Institute on Deafness and Other Communication Disorders)の説明では、耳鳴りにはうなりやブーンという音も含まれる。外部の音源がない状態でも、人は音を知覚することがある。

2026年、学術誌『プロス・ワン(PLOS ONE)』に、こうした低周波音知覚(low-frequency sound percept: LFSP)を改めて検討した研究が発表された。研究者は、タオスに限らず、周囲の人には聞こえない低音を感じると訴える28人を対象に、低周波の聴力や耳の内部で生じる微弱な音を調べた。

考えられた説明のひとつは、一部の人だけが極端に低い音まで聞き取れるというもの。もうひとつは、内耳が生み出す自発耳音響放射(spontaneous otoacoustic emission: SOAE)を本人が聞いているというものだった。

しかし、ほとんどの参加者に異常なほど鋭い低周波聴力は見られず、想定された低周波の自発耳音響放射も検出されなかった。研究チームは、実際に外部の音を聞いている事例がある可能性を残しながらも、こうした低周波の知覚の多くは、低周波の**自覚的耳鳴り(subjective tinnitus)**で説明できるのではないかと考えた。

ここで注意したいのは、2026年の研究が1990年代のタオス住民を再検査したわけではないことだ。この結果だけで「タオス・ハムの正体はすべて耳鳴りだった」と断定はできない。

それでも、謎への問いかけは大きく変わる。測定できないほど微弱な音が町にあったのか。それとも、外部音源なしに生じる知覚が、共通の名前で呼ばれるようになったのか。

「聞こえた音」は、一つだったのだろうか

タオス・ハムという名前からは、町の上に一種類の低音が漂っているような印象を受ける。しかし、報告された音の高さや感じ方、聞こえる場所や時間には違いがあった。

ある人は遠くの機械音を聞き、別の人は身近な設備の振動を感じ、さらに別の人は聴覚系の中で生まれる低音を知覚していた――そうした別々の現象が「タオス・ハム」という一つの呼び名に集まった可能性もある。

その場合、町をどれほど精密に測定しても、全員の訴えに一致する唯一の発生源は見つからないかもしれない。

1993年の研究者たちは、町の空気や地面、電磁環境を測った。それでも原因にたどり着けず、関心を音を聞く人の側へと移した。30年以上後の研究も、同じ方向から新たな手がかりを示している。

タオス・ハムの未解明な部分は、未知の巨大な音源の存在そのものではない。「同じように語られる音の体験が、果たして同じ原因から生まれているのか」という点にある。

音が聞こえることと、その音が外の世界で鳴っていることは、必ずしも同じではない。タオスという町が残した謎は、その当たり前に思える境界を、私たちに問い直させている。

参考資料・出典

  • Joe H. Mullins and James P. Kelly, “The mystery of the Taos hum,” Echoes, Acoustical Society of America, 1995. 米国音響学会・会報PDF
  • Joe H. Mullins and Horace Poteet, “A perceived low-frequency sound in Taos, New Mexico,” Journal of the Acoustical Society of America, 1994. 学会要旨を収録したPDF
  • Bonifaz Baumann, Andrej Voss, Carlos Jurado, Markus Drexl, “On the potential sources of a low-frequency sound percept that only a few can perceive,” PLOS ONE, 2026. 論文本文
  • National Institute on Deafness and Other Communication Disorders, “Tinnitus.” 米国政府機関による解説
  • Los Angeles Times, “Mysterious Low-Level Noise Destroys Peace, Serenity of Taos Residents,” July 18, 1993. 当時の報道
  • Los Angeles Times, “In Taos, Researchers Can Hum It, but They Can’t Name That Sound,” September 1, 1993. 当時の報道

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