クロゼ諸島――船でしか行けず、着いても自由には入れない南インド洋の島々
南インド洋の海図をたどると、アフリカ大陸にも南極大陸にも遠い海上に、小さな火山島の集まりがある。クロゼ諸島(Archipel Crozet)だ。行政上はフランス領南方・南極地域(Terres australes et antarctiques françaises)に属し、ラ・レユニオンから約2,860キロ離れている。
この諸島を「隔絶された場所」にしているのは、距離だけではない。通常の到達手段は海路に限られ、定期的な補給も船に頼る。しかも、長い航海を終えて島の近くまで来たとしても、好きな場所へ自由に上陸できるわけではない。自然保護のため、主要な島の多くは立ち入りそのものが禁止されている。
クロゼ諸島は、地理的にも、気象的にも、制度的にも、人間から距離を置いた島々なのである。
到達手段は海路だけ。補給船が来るのは通常年4回
クロゼ諸島への通常の到達手段は海路に限られる。フランス当局の補給・調査船マリオン・デュフレーヌ(Marion Dufresne)が、ラ・レユニオンを起点に南方の島々を巡り、人員や物資を運んでいる。通常のローテーションは年4回ほどである。

写真:Marion Dufresne – Crozet.jpg/作者:Dimitri Damasceno/ライセンス:CC BY-SA 2.0
飛行機で数時間という場所ではない。船で南インド洋を何日も進まなければならず、到着日も海況や天候に左右される。
さらに、クロゼは単に寒いだけの島ではない。年平均気温は約5度、年間降水量は約2,500ミリ。時速100キロを超える突風が吹く日は平均で年120日ほどあり、180キロを超える突風も記録されている。雨、霧、強風、急変する海況が、上陸や物資輸送を難しくする。
港へ大型船を横付けして人や荷物を下ろす、という単純な場所でもない。海岸への接近が難しいため、補給船が沖合にとどまり、ヘリコプターや小型艇を使って物資や人員を運ぶことがある。
5つの島が、東西約110キロに分かれている
クロゼ諸島は、東西に離れた5つの主要な島・島群からなる。
東側にはポゼッション島(Île de la Possession)と東島(Île de l’Est)があり、西側にはコション島(Île aux Cochons)、パンギン島(Île des Pingouins)、アポトル小島群(Îlots des Apôtres)がある。東西の島群は約110キロ離れている。
陸地の総面積は約350平方キロと考えるのが妥当だ。ただし、フランス領南方・南極地域の公式資料でも340平方キロと352平方キロの数値が併存しているため、細かな数字を一つに固定して断定するのは避けたい。
最高地点は東島のモン・マリオン=デュフレーヌ(Mont Marion-Dufresne)で、標高1,050メートル。東島には500メートルを超える海食崖がある場所もあり、海から容易に上陸できる地形ではない。
「遠い」だけでなく、「入ってはいけない」島でもある
クロゼ諸島の隔絶性を決定的にしているのが、自然保護のための立入規制だ。
東島、コション島、パンギン島、アポトル小島群は、現在、原則として立ち入りが禁止されている。人が通年滞在するポゼッション島でも、鳥類の繁殖地や沿岸部などに立入禁止区域がある。
一般のプレジャーボートがクロゼ海域へ入り、停泊や上陸をすることも自由ではない。フランス当局はこれを非常に限定的なものとして扱い、事前の許可や条件を課している。
つまりクロゼでは、「交通が不便だから人が少ない」のではない。人間活動を意図的に制限することで、生態系を守っているのである。
この考え方は島だけにとどまらない。クロゼを含むフランス領南方の広大な陸域・海域は国立自然保護区となっており、2019年には国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界自然遺産に登録された。保護の対象は小さな島の陸地だけではなく、海鳥や海獣が餌を求めて移動する巨大な海まで含んでいる。
海の底には、もっと古い火山の歴史がある
クロゼ諸島は火山島である。しかし「いつできた島なのか」という問いには、少し注意が必要だ。
島々の下にはクロゼ海台(Crozet Plateau)と呼ばれる巨大な海底の高まりがあり、その形成は約5,400万年前までさかのぼると考えられている。一方、現在海面上に見えている島々の火山活動は、それよりずっと新しい。研究では、最古級の活動は約870万年前までさかのぼる。
この二つを混同すると、「クロゼ諸島の島そのものが5,400万年前にできた」という誤った説明になってしまう。
島々の形成にはクロゼ・ホットスポット(Crozet hotspot)の火山活動が関係したと考えられている。とはいえ、その地下深部のマントル源や、周辺の海嶺との相互作用には、現在も研究上の議論が残る。
火山で生まれ、風と波に削られ、断崖に囲まれた地形は、現在の「人が入りにくい島」という性格にもつながっている。
完全な無人島ではない
これほど人を寄せつけない場所だが、クロゼ諸島全体が無人というわけではない。
ポゼッション島にはアルフレッド・フォール基地(Base Alfred-Faure)があり、科学者、技術者、行政関係者などが交代で滞在している。フランス領南方・南極地域の2025年資料では、基地の人員規模は25~45人ほどとされる。

写真:2020-11 Crozet Islands – Alfred Faure 01.jpg/作者:Antoine Lamielle/ライセンス:CC BY-SA 4.0
最初の任務は1961年に行われ、1964年には恒久基地が建設された。1969年から現在の名称が使われている。
したがってクロゼを説明するなら、「住民のいない無人島」とするより、恒久的な一般住民はいないが、研究・行政のための通年有人基地があるとするのが正確だ。
この基地があるからこそ、気象、地質、海洋、生態系、海鳥、海獣といった長期観測を続けることができる。
ペンギンは、島から数百キロ先まで餌を探しに行く
クロゼを特別な場所にしているのは、島そのものより、むしろ周囲の海かもしれない。

写真:2020-11 Crozet Islands – King Penguin colony 19.jpg/作者:Antoine Lamielle/ライセンス:CC BY-SA 4.0
キングペンギンの追跡研究では、繁殖中の個体がポゼッション島から南へ向かい、夏には約300~500キロ離れた海域まで餌を取りに行くことが確認されている。
鳥たちにとって、繁殖地は陸上にあっても、生活圏はそこでは終わらない。数百キロ先の海水温や海洋前線の位置、餌となる生物の分布までが、繁殖の成否に関わる。
そのためクロゼの自然保護を考えるとき、「島を柵で囲えば守れる」という発想では足りない。海まで含めて一つの生態系として考える必要がある。
周辺のシャチも独特だ。クロゼでは、シャチが浜辺に意図的に乗り上げるようにしてミナミゾウアザラシなどを捕らえる行動が知られている。若い個体がその技術を学び、成体が補助する様子も研究されてきた。
人がほとんど入れない島で、動物たちは長い時間をかけて独自の行動を受け継いでいる。
1875年、難破者たちは約7か月救助を待った
クロゼの隔絶性は、近代以前には命に直結する問題だった。
1875年、英国船ストラスモア号(Strathmore)がアポトル小島群で難破した。英国国立海事博物館の資料によれば、乗員・乗客は89人。そのうち45人が難破時またはその後に死亡し、44人が生き残った。
彼らが救助されたのは、約7か月後だった。
現在なら衛星通信や位置測定がある。しかし19世紀の南インド洋では、船が来なければ外の世界との接点そのものがなかった。しかも遭難現場は、現在でも自然保護のため立入禁止となっている険しい岩礁群である。
クロゼの「遠さ」は、地図上の距離ではなく、何かあったときに助けが来ない時間の長さでもあった。
かつての巨大ペンギン繁殖地は、約88%減った
隔絶された自然は、変化しない自然ではない。
コション島には、かつて世界最大級とされたキングペンギンの巨大繁殖地があった。2018年に発表された研究では、1980年代には約50万繁殖ペアがいたと推定されたのに対し、約35年後には約6万繁殖ペアとなり、約88%減少したと報告された。
重要なのは、「現在も世界最大の繁殖地」と単純に紹介できないことだ。大幅減少の原因については、当時の研究でも一つに確定されておらず、餌環境や気候、個体群の動態など複数の要因を考える必要がある。
人間がほとんど入らない場所でも、生態系は周囲の海洋環境とつながっている。隔絶は、外部の変化から完全に切り離されていることを意味しない。
そしてH5N1も、海を越えて到達した
そのことをさらに強く示したのが、高病原性鳥インフルエンザH5N1だった。
2024年10月、ポゼッション島でミナミゾウアザラシの大量死が確認され、その後の調査でH5N1が検出された。2025年の査読研究では、ミナミゾウアザラシだけでなく、キングペンギンやジェンツーペンギン、アホウドリ類などにも感染が広がっていたことが報告されている。
系統解析では、ウイルスは単純に最寄りの大陸から直接来たのではなく、南大西洋側から亜南極の島々を経て長距離拡散した可能性が示された。
船で何日もかかり、一般の人間がほとんど入らず、多くの島が立入禁止になっている場所にさえ、感染症は到達した。
この事実は、クロゼ諸島の見方を少し変える。
ここは「世界から切り離された島」ではない。人間の交通からは遠くても、鳥や海獣、海流、気候によって、地球規模のネットワークに組み込まれている。
クロゼ諸島は、遠いから守られているわけではない
クロゼ諸島は、確かに訪れることがきわめて難しい場所だ。
通常の到達手段は海路だけ。補給船は通常年4回。強風と荒海があり、海岸は険しい。ようやく近づいても、多くの島は自然保護のため立ち入りが禁止されている。
しかし、この隔絶を単なる「秘境」として見るだけでは、クロゼの本質を見落としてしまう。
島々が重要なのは、海鳥や海獣が大規模に繁殖し、長期にわたる科学観測が行われ、人間活動を厳しく制限してでも守る価値がある生態系が残っているからだ。
そして同時に、キングペンギンの減少やH5N1の到達が示すように、どれほど人間から遠くても、地球環境の変化から完全に切り離されることはできない。
クロゼ諸島は、「人が行けない場所」であると同時に、遠い場所ほど世界のつながりが見えてくる場所でもある。
参考資料・出典
- Terres australes et antarctiques françaises(TAAF)「Les îles Australes」
- TAAF「Ravitaillement des territoires」
- TAAF「Le Marion Dufresne」
- TAAF「Accès et mouillage dans les Australes」
- TAAF 2025 教育用資料「L’ARCHIPEL CROZET」
- TAAF「Les conditions de vie et de séjour sur l’archipel de Crozet」
- UNESCO World Heritage Centre「French Austral Lands and Seas」
- Légifrance, Décret n° 2022-157 du 10 février 2022
- Breton et al. (2013), “Geochemical heterogeneities within the Crozet hotspot,” Earth and Planetary Science Letters
- Giret et al. (2002), “Volcanisme de l’île aux Pingouins…” Comptes Rendus Geoscience
- Weimerskirch et al. (2018), “Massive decline of the world’s largest king penguin colony at Ile aux Cochons, Crozet,” Antarctic Science
- Nature Communications (2015), “Large-scale climatic anomalies affect marine predator foraging behaviour and demography”
- Bralet et al. (2025), “Circumpolar spread of avian influenza H5N1 to southern Indian Ocean islands,” Nature Communications
- CNRS / OrcaDepred「Les orques」
- Royal Museums Greenwich「Mauritius Medal, 1875」





