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ミマ・マウンズの謎|草原に並ぶ丸い丘は何が作ったのか

ミマ・マウンズの謎:霧の草原 正体不明・未解明

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ミマ・マウンズ――なぜ草原に同じような丸い丘が無数に並ぶのか

アメリカ北西部、ワシントン州南部の草原には、まるで誰かが規則正しく土を盛ったような丘が無数に並んでいる。

この地形は、ミマ・マウンズ(Mima Mounds)と呼ばれる。典型的な丘は高さ約0.6〜2.1メートル、幅約2.4〜12.2メートル。ひとつだけなら珍しくない低い土の丘だが、それが広い草原を埋めるように連なっているため、景観全体が奇妙な凹凸模様になる。

しかも、この丘が何によって作られたのかは、今も完全には決着していない。

氷河、洪水、永久凍土、地震、植物、そしてホリネズミ。これまで30以上の説が提案されてきた。

ただし、ミマ・マウンズは「何も分かっていない謎の地形」ではない。近年の研究によって、丘を構成する土砂の由来についても具体的な有力候補が示されている。

それでも最後の疑問だけが残る。

その土砂は、なぜ似た大きさの丸い丘へと集まったのか。

ワシントン州ミマ・マウンズ自然地域保護区の草原に連なる低いドーム状の丘
ワシントン州のミマ・マウンズ自然地域保護区。低いドーム状の丘が草原に繰り返し並ぶ。
写真:Mima Mounds Natural Area Preserve in Thurston County, Washington 01.jpg/作者:Mattsjc/ライセンス:CC BY 4.0

ミマ・マウンズはどこにあるのか

代表的なミマ・マウンズが残るのは、ワシントン州サーストン郡、州都オリンピアの南西にある草原地帯である。

地形名の由来となったミマ・プレーリー(Mima Prairie)周辺には、氷河時代につくられた広い平坦面が残っている。その一部は現在、ミマ・マウンズ自然地域保護区(Mima Mounds Natural Area Preserve)として保護されている。

ワシントン州天然資源局によれば、現在の保護区は756エーカー、約306ヘクタール。1966年には国定自然ランドマークに指定され、1976年から州の自然地域保護区として管理されている。

この場所で目立つのは、個々の丘の高さよりも、その数と分布である。

低いドーム状の丘が間隔をあけながら繰り返し現れ、草原全体が巨大な波打つ表面のように見える。

ワシントン州サーストン郡の草原に見える低いミマ・マウンズ
サーストン郡のミマ・マウンズ。個々のマウンドが低い盛り上がりとして草原に点在している。
写真:Mima Mounds 01.jpg/作者:Joe Mabel/ライセンス:CC BY-SA 4.0

人工的に盛られた墓や建造物のようにも見えるが、現在は自然に形成された地形と考えられている。

最初の探検家も「墓ではないか」と考えた

この奇妙な丘は、19世紀の探検家たちも悩ませた。

1841年、アメリカ探検遠征隊を率いたチャールズ・ウィルクス(Charles Wilkes)は、草原に並ぶ丘を見て、先住民の墓ではないかと考えた。

そこで実際に三つの丘を掘った。

しかし、人骨や副葬品は見つからなかった。確認されたのは丸い石が並ぶ層だった。

この出来事は、ミマ・マウンズ研究の歴史を象徴している。

一見もっともらしい説明を思いついても、調べてみると決定打にならない。その繰り返しが、現在まで続いているのである。

地形の土台は、氷河時代につくられた

ミマ・マウンズの成因を考えるうえで、まず比較的確かなことがある。

この地域の地形は、最終氷期の氷河活動と強く結びついている。

当時、北米北西部には巨大なコルディレラ氷床(Cordilleran Ice Sheet)が広がり、その一部が現在のワシントン州西部まで南下していた。

氷河が後退すると、大量の融氷水が砂や礫を運び、広いアウトウォッシュ平原をつくった。

ワシントン州の地質資料では、南部ピュージェット低地にある多くのミマ・マウンズが、こうした氷河後退期の堆積物の上に集中している。

つまり、丘の材料そのものは、氷河時代末期に形成された堆積環境と深い関係がある。

研究が進む「タンワックス洪水」

さらに近年、丘を構成する土砂がどこから来たのかについて、具体的な候補が詳しく調べられている。

それがタンワックス洪水(Tanwax flood)である。

最終氷期の終わりごろ、この地域では氷河にせき止められた湖から大規模な洪水が流れ出し、大量の砂礫を運んだと考えられている。

ミマ・プレーリーや周辺の草原に残るマウンド堆積物を調べた研究では、カスケード山脈側を起源とする安山岩などが多く確認された。

この特徴は、タンワックス洪水がマウンドを構成する堆積物の供給源だったという仮説を支持する。

ここまで聞くと、「では洪水がミマ・マウンズを作ったのか」と思いたくなる。

しかし、問題はそこから先にある。

この研究が主に明らかにしようとしているのは、大量の土砂がどこから来たのかという部分である。

その土砂が、なぜ広い平坦面に均等に残らず、似た大きさの丸い丘へとまとまったのか。

そこには、まだ別の仕組みが必要になる。

犯人候補として有名なのは「ホリネズミ」

ミマ・マウンズの形成説の中で、もっとも印象的なのがホリネズミ説である。

1940年代、研究者たちは、地中で暮らすポケットゴーファー類が長期間にわたって土を掘り動かすことで、マウンドが成長したのではないかと考えた。

この説は、単なる思いつきではない。

2014年には、ホリネズミによる土砂移動を数値モデルで再現した研究が発表された。

モデルでは、ホリネズミが自分の縄張りを維持しながら土を移動させ続けると、数百年規模の時間の中で、実際のミマ状マウンドに似た高さや間隔の土の盛り上がりが自然に形成された。

つまり、「小動物が少しずつ土を動かした結果、大きな地形パターンが生まれる」という現象は、数値モデル上では十分に起こり得る。

さらに1997年には、ミマ・プレーリーのマウンド基部から、地中性げっ歯類の巣穴環境と関係する甲虫類の亜化石が見つかった。

この証拠は、マザマ・ポケットゴーファー(Mazama pocket gopher)のような地中性哺乳類が、少なくとも過去のある時期にマウンド環境へ関わっていたことを示唆する。

ただし、ここでも決着はつかない。

ホリネズミが最初から丘を作ったのか。

それとも、すでにあったわずかな高まりに住みつき、長い時間をかけて形を維持・強化しただけなのか。

化石から分かるのは「関わっていた可能性」であって、「最初の形成者だった」という証明ではない。

氷、地震、植物――消えていかなかった他の説

ホリネズミ以外にも、多くの説が提案されてきた。

20世紀初頭には、氷や雪の表面にできるくぼみに土砂がたまり、氷が解けたあとに丘として残ったという説が考えられた。

また、永久凍土が割れて多角形状の地形ができ、氷が解けた後に残った部分がマウンドになったという説もあった。

しかし、ピュージェット低地で必要なほど強い永久凍土環境が成立したのかという問題があり、現在では型式地の主要説明としては支持が弱い。

地震説もある。

地面が強く振動すると、細粒の土砂が一定の間隔で集まる可能性があるため、地震波がマウンドを形成したという仮説が提案された。

しかし、近代の大地震後に新しいミマ・マウンズが形成された観測例がないなど、説明しにくい点が多い。

一方で、植物と流水の組み合わせを重視する説もある。

植物が生えている場所では根が土壌を固定し、周囲だけが雨水や表面流によって削られる。これが長期間続けば、植物のある場所が相対的に高まりとして残る可能性がある。

このように、候補となる仕組みは一つではない。

そして厄介なのは、どの説にも「説明できる部分」と「説明しにくい部分」があることだ。

LiDARで可視化したミマ・プレーリーの地表に繰り返し並ぶ多数のドーム状マウンド
LiDARで植物や建物の影響を除いて可視化したミマ・プレーリーの地表。マウンドの反復パターンが分かる。
画像:18 Mima Mounds—Thurston County/Image from the Washington Geological Survey (Washington State DNR)/ライセンス:CC BY-SA 2.0

「一つの犯人」を探す考え方そのものが間違っている可能性

ミマ・マウンズに似た地形は、北米以外でも報告されている。

しかし、似た形をしているからといって、すべてが同じ原因でできたとは限らない。

地域によって気候も土壌も動物相も異なる。氷河作用を受けた場所もあれば、そうでない場所もある。

そのため、「ミマ状マウンド」という形態を見ただけで、世界中の地形を一つの成因にまとめることには慎重である必要がある。

ある場所では動物が重要だったかもしれない。

別の場所では植生と侵食が主要因だったかもしれない。

そしてワシントン州のミマ・マウンズでは、洪水が材料を運び、その後に別の作用が形を整えたという複合的な過程だった可能性も残る。

つまり、真相が「犯人は一つではない」ことである可能性もある。

先住民の草原と洪水の記憶

ミマ・プレーリー周辺は、地質学的に興味深いだけの場所ではない。

アッパー・チェハリス(Upper Chehalis)を含む地域の先住民社会は、長いあいだこの草原を食料採集などに利用し、火入れを含む草原管理を行ってきた。

とくに重要だった植物の一つがカマスである。球根を食料として利用するため、草原の植生を維持する火入れも行われてきた。

また、地域の口承には大洪水によって土地の姿が変わったという物語が伝えられている。

近年の地質学が氷河湖決壊洪水を検討していることと重なる部分は興味深い。

ただし、ここは慎重に分ける必要がある。

先住民の洪水伝承は文化的・歴史的知識であり、それ自体を地質学的な洪水仮説の「証拠」として扱うことはできない。

科学的研究と口承は、同じ景観について異なる方法で伝えられてきたものとして並べて見るのが適切だろう。

地名の意味さえ、実は確定していない

ミマ・マウンズには、もう一つ小さな謎がある。

「ミマ」という名称の意味である。

ワシントン州の資料には、この名称を「新しさ」に関係する語として説明するものがある。

一方、地域の言語・民族生態学資料には、ミマ・プレーリーに対して「皮を枠に張って乾かす場所」に関係する別のアッパー・チェハリス語の地名も記録されている。

そのため、「ミマとはこの意味だ」と単純に断言するのは難しい。

地形の起源だけでなく、現在使われる名称の由来にも確定しない部分が残っている。

分かってきたからこそ、謎がはっきりした

ミマ・マウンズは、何も分からない神秘の地形ではない。

氷河がこの地域を覆っていたこと。

ミマ・マウンズが氷河後退期の堆積地形と強く結びついていること。

タンワックス洪水がマウンド堆積物の供給源だった可能性を支持する研究があること。

地中性哺乳類がマウンド環境に関与していた証拠があること。

こうした事実は、以前より具体的に分かってきた。

だからこそ、最後に残る疑問がはっきりしている。

なぜ、その土砂は丸い丘になったのか。

洪水が材料を運び、動物が土を動かし、植物が表面を固定し、侵食が周囲を削った。

もし複数の作用が関係していたのだとすれば、ミマ・マウンズは一度の出来事で生まれた地形ではなく、異なる過程が重なった結果なのかもしれない。

19世紀の探検家が墓だと思って掘った丘は、現在もなお、単純な答えを拒み続けている。

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