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ウィンザー・ハムとは? カナダの怪音が「99%解決」で終わった理由

霧の渓谷と謎の音波 正体不明・未解明

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カナダのウィンザー・ハム――10年近く街を揺らした低い音は、なぜ「99%解決」で終わったのか

カナダ(Canada)南部、アメリカ合衆国(United States)との国境に面した都市ウィンザー。2011年ごろから、この街と周辺では奇妙な訴えが繰り返されるようになった。

聞こえるのは、遠くで大型ディーゼルエンジンが動き続けているような低い音。ある人には炉のうなりのように、別の人には脈打つ振動のように感じられた。窓や壁が震えると訴える住民もいた。

この現象はウィンザー・ハム(Windsor Hum)と呼ばれるようになる。

しかし、ウィンザー・ハムの本当の奇妙さは、「誰にも測れない謎の音」だったことではない。むしろ逆だ。音は機器で捉えられていた。それでも、どこから出ているのかを最後まで完全には証明できなかったのである。

「気のせい」ではなかった低周波音

ウィンザー・ハムが社会問題化したのは2011年ごろだった。カナダ・オンタリオ州(Ontario)のウィンザー(Windsor)や、隣接するラサール(LaSalle)では、低い「うなり」や振動についての苦情が相次いだ。

同年、カナダ天然資源省(Natural Resources Canada)のカナダ地質調査所(Geological Survey of Canada)が現地で観測を実施した。研究者が確認した代表的な成分は約35 Hz。通常、人間の可聴域の下限はおよそ20 Hzとされるため、35 Hzは「人間には聞こえない超低周波」と呼ぶには高い。正確には、可聴域のかなり低い側にある低周波音だ。

調査では、この信号が一般的な地震活動のように地中を伝わっているとは考えにくいことも分かった。伝わり方は、むしろ空気中を進む音響波に合っていた。

つまり、少なくとも一部の住民が感じていた現象には、実際に測定できる物理的な音が含まれていた。

謎は「音が存在するか」ではなく、「何がその音を出しているのか」に移った。

デトロイト川越しに見たカナダ・オンタリオ州ウィンザーの市街地
ウィンザー・ハムが報告されたカナダ側の都市ウィンザー。デトロイト川の対岸はアメリカ側になる。
写真:Skyline Of Windsor/作者:Nico Völcker/ライセンス:CC BY-SA 3.0

川の向こうの工業島が疑われる

初期調査で有力視された方向には、デトロイト川(Detroit River)を挟んだアメリカ側の巨大工業地帯があった。その中でも注目されたのが、ミシガン州(Michigan)のザグ島(Zug Island)である。

ザグ島には、USスチール(United States Steel Corporation)のグレート・レイクス・ワークス(Great Lakes Works)に属する製銑設備が置かれていた。高炉をはじめとする大型設備が稼働する場所であり、低周波音の発生源候補として検討された。

ただし、「方向がそちらを向いている」ことと、「その工場が原因だと証明する」ことは別問題だった。

デトロイト川から見たアメリカ・ミシガン州ザグ島の工業設備
ウィンザー・ハムの発生源として有力視されたザグ島の工業地帯。写真は2008年撮影で、特定の設備が音源だったことを示すものではない。
写真:Zug Island/作者:Tara/ライセンス:CC BY 2.0

そこでカナダ政府は2013年、ウィンザー大学(University of Windsor)とウェスタン大学(Western University)の研究チームに共同の音響調査を委託した。

ここから、ウィンザー・ハムはさらに興味深い展開を見せる。同じ現象を調べた2つの研究チームが、完全には同じ結論に至らなかったのである。

2つの大学、食い違う到来方向

ウィンザー大学のチームは、地域各所に低周波騒音のモニターを設置し、ハムの特徴を記録した。さらに、発生時には発生源を絞り込む装置を使う計画だった。

測定の結果、研究チームはハムに対応するとみられる低周波成分を記録し、その定性的・定量的特徴からザグ島の高炉操業を最も有力な原因候補と判断した。

ところが、決定打には届かなかった。

研究期間中、ハムが現れたのは限られた日だけで、発生源同定用の装置をデトロイト川上に展開した日には肝心のハムが発生しなかった。研究者たちは「音が鳴っている瞬間に、疑わしい設備の近くで直接測る」という最後の一手を打てなかったのである。

一方、ウェスタン大学側は、2013年2月末から4月にかけて2つの低周波・インフラサウンド観測アレイを設置し、住民の報告時刻と観測信号を比較した。

30 Hzや35 Hz付近の成分は確かに現れた。しかし、2地点で共通する信号から発生源を一点に絞ることはできなかった。さらに一方の観測地点で得られた主要な方位はザグ島よりかなり南を指し、報告書は「両観測点で得られた観測の大部分は、ハムがザグ島から発しているという仮説を支持しない」と整理している。

これは、ザグ島説が完全に否定されたという意味でもない。同じ報告書は、地質、植生、地面での反射、伝搬経路、干渉、乱流などが音の到来方向を複雑にする可能性を挙げ、採石活動や工業用換気設備など別の候補も排除していなかった。

結局、2014年時点の公式な整理は微妙なものだった。

ウィンザー大学の調査はザグ島の高炉を強く疑った。だが、政府研究全体として「発生源はここだ」と確定できる証拠までは得られなかった。

音は国境を越えるが、調査権限は越えない

ウィンザー・ハムの調査を難しくした理由は、音響学だけではなかった。

住民が苦情を訴えていたのはカナダ側。ところが最有力候補はアメリカ側にあった。

カナダの研究者が、ザグ島の高炉や関連設備を自由に停止させたり、敷地内の好きな場所に測定器を置いたりすることはできない。原因を確定するには、米国側の企業や行政機関との協力が必要になる。

カナダ政府は米国側との協議を進め、国際合同委員会(International Joint Commission)もこの問題を扱った。同委員会からの勧告を受け、カナダ政府は大学による追加研究に資金を出している。

この事件では、物理的な音には国境がなかった一方で、行政権限には明確な国境があった。そのため「かなり怪しい場所までは分かっているのに、最後の直接測定ができない」という状態が長く続いた。

2020年、巨大な「自然実験」が起きる

決着に近い出来事は、研究装置ではなく製鉄所の操業計画から生まれた。

2019年12月19日、USスチールはグレート・レイクス・ワークスの製銑・製鋼設備を2020年春から無期限休止すると発表した。同社の開示資料によれば、実際の休止は2020年3月に始まった。

すると、長年住民を悩ませていたハムの報告も、ほぼ同じ時期に消えていった。

ウィンザー大学で調査を率いたコリン・ノヴァク(Colin Novak)は、2020年の報道で、施設の高炉が高い負荷で運転される際に金属構造や基礎が強く振動し、それが低周波音につながった可能性を説明している。そして、設備停止後にハムが消えたことを受け、「99%解決した」と考えている趣旨を語った。

この一致は非常に強い状況証拠だ。

もし長年疑われていた設備群が止まり、それと同時に長年続いた異音も消えたのなら、高炉・製銑工程説は大きく補強される。

ただし、これは管理された実験ではない。研究者が「高炉を止める→音が消える→再稼働する→音が戻る」と条件を統制して確認したわけではない。

そのため、科学的に慎重な言い方をすれば、ウィンザー・ハムは「ほぼ解決した」が、「特定の機械や構造部材まで直接証明された」わけではない。

その後、グレート・レイクス・ワークスでは製鋼工程が2021年、製銑工程が2022年に恒久休止となった。一方、施設そのものが閉鎖されたわけではない。現在も冷延・表面処理などの仕上げ工程は続いており、2026年9月にはUSスチールが酸洗ラインに2,830万ドルを投じる設備更新を発表している。つまり、ウィンザー・ハムと強く結び付けられた主要な製銑・製鋼工程は止まったが、グレート・レイクス・ワークスは仕上げ拠点として現在も稼働している。

「コロナで謎が解けた」は少し違う

2020年に音が消えたため、ウィンザー・ハムはしばしば「新型コロナウイルスのパンデミックで工場が止まり、それによって謎が解けた」と紹介される。

しかし、この説明は少し単純すぎる。

USスチールが主要設備の無期限休止を発表したのは2019年12月19日。北米で大規模な経済活動停止が始まるより前だった。実際の休止時期がパンデミック期と重なったのは事実だが、休止計画そのものは市場環境や同社の事業再編を背景に事前決定されていた。

偶然にも2020年という特殊な年に、大規模工業設備の停止とハムの消失が重なった。その結果、長年できなかった「原因候補を大規模に止める実験」に近い状況が生まれたのである。

それでも残る、最後の謎

現在、ウィンザー・ハムを「完全な未解明現象」と呼ぶのは適切ではない。

約35 Hzの低周波音は実測され、初期調査からザグ島方面が疑われ、ウィンザー大学は高炉操業を最有力候補とした。そして2020年、その製銑・製鋼設備が休止すると、ハムもほぼ消えた。

ここまでの証拠は、原因の中心がグレート・レイクス・ワークスの高炉・製銑工程にあったという説明を強く支持する。

それでも、いくつかの疑問は残っている。

なぜ、製鉄所が何十年も存在していたのに、住民の苦情は2011年前後から急に目立つようになったのか。具体的にどの設備や構造が35 Hz前後の音に決定的に関与していたのか。ウェスタン大学の観測で到来方向がザグ島より南にずれたのはなぜだったのか。

それらには、公開資料上の最終回答がない。

だからウィンザー・ハムは、正体不明の怪音というより、原因の輪郭はほぼ見えたのに、最後の一枚だけ証拠が欠けた事件として面白い。

音は測れた。方向もある程度分かった。最有力候補も見つかった。そして、その候補となった主要工程が止まると音も消えた。

それでも「100%」とは言えない。

ウィンザー・ハムが残したのは、未知の超常現象というより、現実の科学調査がしばしば直面する「かなり分かっている」と「証明した」の間にある、意外に大きな空白だった。


参考資料・出典

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